「淡麗」の大ヒットで名実ともに復活

最年少部長として本社中枢に復帰した前田には、再び結果が求められた。一番搾りのときのような。

結局、キリン初となる発泡酒「淡麗」は98年2月に発売され、大ヒットする。前田は大抜擢に、結果を出して応えたのだ。

当時を知るキリン関係者が解説する。

「部長の前田さんが、プレイングマネージャーとして一人ですべてやったから、短期間で商品開発できたのです。チームはありましたが、彼らは前田さんの手足でしかなかった。また、外部スタッフでも、一番搾り開発時と同じアートディレクターやデザイナーを前田さんは起用する。彼らは7年半の間に大御所になっていたけど、前田さんの元に集まってくれたのも成功要因でした」

また、別のキリン元幹部は指摘する。「マーケ部が発泡酒開発に苦戦していることを、前田さんは間違いなく知っていた。そこで、『自分ならこうつくる』という考えを、前田さんはある程度もっていた」。

実績という名の逆転ホームランにより、天才マーケター前田は名実ともに復活。その後も「淡麗」「氷結」「のどごし〈生〉」などキリンのヒット商品を数多く手掛け、キリンビバレッジの社長にまで上り詰める。

マーケターは既得権益の破壊者

「半沢直樹」のように、大組織のパワーゲームの中で、ブレることなく自身の信念を貫いた前田だったが、半沢と決定的に違うのは、対立した相手であっても前田は決して復讐をしなかった点である。

前田は後年、部下たちに次のような話をしている。

「マーケティングとは技術である。左脳の『論理』、右脳の『創造』、そして『適合』の3つの要素により成り立つ。右脳と左脳のかけ算で新商品だったり、新戦略は生まれる。

ただし、新商品や新戦略といった新しいものは、既存の何かを壊すことにつながる。このため、どうしても軋轢や戦いは社内で生まれてしまう。だからこそ、適合は求められていく。戦いで反対者をやっつけるのではなく、適合という形で、対立する向きもうまく巻き込んでいくのだ。3要素のマーケティング技術により、新商品のヒット、新戦略の推進は対立を生まずになされていく」

永井隆『キリンを作った男』(プレジデント社)

新しい商品をつくるマーケターは、どうしても既存勢力の標的になりやすい。既存勢力からすれば、既得権益の破壊者となってしまうから。しかも、マーケターは創造性を求められるため、自分を捨てた“イエスマン”にはなりにくい。

そもそも面従腹背の得意なヒットメーカーなど、どこの業界にもいないのではないか。

たとえ対立した相手であっても、前田が反撃をすることはなかった。それは、前田が常に見ていたのが、社内ではなく、「お客様」だったからに他ならない。

決して報復することなく、何事も受け入れ、ヒットを連発し結果を出し続けることで“倍返し”を果たした――。そんな私欲のない廉潔な男だったからこそ、いまも多くの部下たちから愛され続けているのだろう。

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