「剃る」が無言の標準となっている現在の社会には、脇を強調したポーズは刺激が強かったかもしれない。だが、肯定論も否定論も含めて議論の場を醸成したという点で、大きな意義をもつ広告キャンペーンとなった。
実益のない社会規範に意味はあるのか
私たちの社会がうまく機能しているのは、一定のルールと常識が存在するからだ。しかし、古くからの習慣で根付いているルールにも、実質的に意味のないものや現代ではほとんど無用となったものが存在する。
このところ海外では、個人を抑圧するルールを見直す動きが盛んだ。ブラック・ライブズ・マター、フェミニズム、LGBTQ運動などはいずれも根本的に、「社会にとってほとんど意味がなく、むしろ集団の一部にとっては有害になっているルール」を見直してゆくうねりだといえるだろう。体毛問題にも、これに近い性質が感じられる。
男性のわき毛も多少見苦しいと感じられる場面があるが、社会的には十分に許容されている。ならば女性はなぜ念入りなケアを迫られるのか、という主張はもっともだ。
無毛が好ましいとの価値観が普及した背景には、長年にわたり、映画・ドラマ・CMなどで女性の未処理の体毛をみる機会が少ない状況が続いていることも影響しているのだろう。
セレブやモデルたちが先陣を切って剃毛や除毛、脱毛をしない自然なスタイルを提案するにつれ、ゆっくりとではあるが「それも選択のひとつ」との意識が社会に浸透していくことになるだろう。
実益のない社会規範のために、個人が苦しむことのない時代がくることを願いたい。