「いつになったら工事始まるんだよ!」

朝9時、朝礼中、バイブ設定にしてある私の携帯が振動する。席を外し、携帯の着信ボタンを押す。「ハァ、ハァ、お世話になります。ハァ、ハァ」息を切らせて、現場で作業でもしているような雰囲気を出すのがポイントである。「ハァ、ハァ」をやっておくと、クレームをつけようとしたお客も一瞬、「今、大丈夫かな」と多少なりともこちらを気遣う様子を見せてくれるものなのだ。

「今週、今週っていったいいつになったら工事始まるんだよ! 最初の工程表なんて嘘ばっかじゃねーか!」

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「ハァ、ハァ」の甲斐もなく、いきなり怒鳴りつけられる。こんな電話からスタートする一日はたまらない。そして、一日中、こんな電話を何件も対応しなくてはならないのだから、私の電話を持つ手も恐怖でブルブル震えるのだ。中にはクレーム電話が日課のお客もいる。

毎日、夜7時をすぎると、晩酌中であろう森さんからの電話がかかってくる。しかし、森さんにはクレーム電話をしてくるだけの事情もあるのだった。森さんは契約当時、営業所の前店長・犬丸さんが担当していた。森さんは1階と2階にそれぞれ風呂・キッチン・トイレのセットを取り付けた二世帯住宅を計画しており、他社とサクラホームとで相見積もりを取っていた。

水回りセット一式が2つとなると価格も相当なものになる。犬丸店長は契約が欲しいばかりに「2階の風呂・キッチン・トイレ・洗面所すべてサービス」という約束をしたのだ。もちろん、犬丸店長もなんのアテもなくそんな約束をしたわけではない。この当時、福島営業所ではモデルハウス3棟のうちの2棟を解体して新しいモデルハウスを建てるという計画があった。店長はこの解体するモデルハウスから、水回りセットを取り外し、森さんにサービスしようという腹づもりだったのだ。

「お前の上に相談しろ! 絶対に逃さねえぞ」

しかし、その後、本社の都合でモデルハウス解体が延期となる。すると犬丸店長はこの件を気に病んだのか、会社に来なくなり、そのまま退社した。こんな地雷が埋まった森さんの担当になど誰もなりたいわけがない。ところが、牛田本部長から私がじきじきに担当を命じられることになる。

さらに私は本部長から、「犬丸店長が約束したサービスはできないと言ってこい」という、とんでもない業務命令を仰せつかった。言うは易く、行うはかたし。上司の命令とはいつもそんなものだ。しぶしぶ森さんの仮住まいのアパートを訪問する。

初めて会った森さんは180センチを超す堂々たるガタイに、胸元から入れ墨がのぞいている。こんなときに限ってこんなお客とはツイてない。店長からの引き継ぎのあいさつを済ませ、本題に入ろうとすると、森さんのほうから切り出してきた。