誤った政策をもたらす「欧米追従主義」

感染症には、地域的な特性を持つものがあります。例えば、ヘルペスのEBウイルスは、日本人にはあまりひどい症状を起こしませんが、アフリカの人たちが感染するとバーキットリンパ腫になる可能性があります。新型コロナウイルスの場合も、欧米では猛威を振るいましたが、アジア諸国では欧米ほどの状況にはなりませんでした。

宮沢孝幸『ウイルス学者の責任』(PHP新書)

ところが、日本は、欧米の対策をそのまま取り入れようとしました。背景にあるのは欧米追従主義です。日本の研究者や医師には、「欧米と同じようにやればいい」という考え方が根付いてしまっています。政策決定に関わる人たちも事なかれ主義で、責任をとりたがりません。日本独自の対策をして失敗すれば責任をとらされますので、「アメリカはこうやっている」「イギリスはこうやっている」ということを根拠にして、同じ対策をとろうとします。

その姿勢が色濃く出たのが初期の緊急事態宣言だったと思います。感染率はイギリスの26分の1、死亡率はイギリスの131分の1でしたが、イギリスと同じような対策をとろうとしました。イギリスの場合は、ロックダウンをしなければ感染者数は急激に下がらなかったのですが、イギリスでロックダウンをして下がってきたくらいの自然減(自然に感染が収まる)状態であった日本が、緊急事態宣言を出しました。前述したように、日本は、ある程度の自粛を求めるだけで、減少トレンドに入っていましたが、その点は考慮されませんでした。

独自の研究は評価されない日本

そして、学問自体が欧米追従主義に陥っていることが日本の問題点だといえます。明治以降のキャッチアップ政策によって欧米に追いつくことはできましたが、その後は日本が欧米を引っ張って、新しいものをつくっていかなければなりませんでした。それをせずにずっと欧米のまねに留まっています。

特に、医学やウイルス学に関しては、ずっとその状態が続いています。日本独自の研究は、国内で高く評価されません。評価基準はすべて欧米基準で、論文が『ネイチャー』、『サイエンス』に出ることが素晴らしいという感覚が染みついています。確かに欧米基準にはよい点もありますが、欧米基準はあくまでも欧米の価値観が反映されたものです。

私の友人で、ウナギの新しいウイルスを発見した研究者がいます。ウナギが病気になって困っている人たちがいたため、ウナギを捕まえて調べたところ、未知のウイルスを発見したのです。ウイルスのデータベース上にもない、近縁種もいない、まったく新しいウイルスでした。

日本人の私から見れば、『ネイチャー』クラスの発見です。ところが、欧米ではウナギという生物にピンとこないようです。「ウナギのウイルス? なんだそれ?」という感じで、高く評価されなかったと聞きました。最終的にこの論文はウイルス学の専門誌に出ました。日本人にとっては、ウナギは重要な水産資源であり、高級品ですから、ウナギの病気を研究することは価値のあることです。しかし、欧米の人には、価値が低いと見られて、『ネイチャー』、『サイエンス』に載ることはありませんでした。

日本とは価値観が違うのに、日本の研究者たちは欧米の価値観で編集されている『ネイチャー』や『サイエンス』に論文が載ることが素晴らしいことだと信じ込んでいます。

今のままでは、日本に最適の感染症対策はできない理由

世の中に新しい流れをつくっていくには、欧米の価値観に縛られるよりも、むしろ、欧米人が考えないことを研究したほうがいいと私は思っています。昔のガラパゴス携帯電話のようなものですが、研究というのは、そういうものです。

けれども、学術界においては、「欧米でやっていること以外はダメだ」という風潮が染みついてしまっています。日本の特徴といえるのかもしれませんが、欧米で出ている論文のデータを素直に信じる傾向があります。新型コロナウイルスに関しても、「欧米では、多くの若者が感染して、若者に後遺症が出ている」という情報を持ってきて、日本での若者の感染率や後遺症のデータについてはほとんど考慮しない状態でした。

日本の若者が感染して重症化した例は少なく、結果的に、後遺症になった人の割合も欧米ほど多くありません。それにもかかわらず、「若い人も後遺症が出る。若い人もワクチンを打たなければいけない」と言ってワクチン接種を若者にも促進しました。

論文には嘘は普通にころがっています。『ネイチャー』や『サイエンス』クラスのトップジャーナルであればあるほど、誇張や嘘が多い印象です。それらの論文ばかりを根拠にしているのは、間違いです。医学界がその姿勢を改めない限り、日本に最適の感染症対策はできないと思います。

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