メタファーは、類似性を根拠とする比喩である。「味」と「宝石」はどこが似ているのだろうか。小野二郎のにぎる寿司や「ブルガリ イル・チョコラート」のチョコレート・ジェムズの例を思いだしてほしい。
選びぬかれた素材と磨きぬかれた職人技は、「まさに『宝石』を作り出すプロセスそのもの」。つまり工程が似ているのだから、その結果である「味」にも「宝石」と同じような希少性や高級感、特別感が備わる。
このタイプのメタファーは、外見の類似性に基づくタイプ(屋台の「鯛焼き」、地方の山の「○○富士」、人の脚になぞらえた「椅子の脚」など)と比ベて使用できる範囲は狭い。だが、条件が揃ったときの表現効果(なるほどという納得感)は高い。
また、メタファーを成立させる類似性がより抽象的である点にも注目したい。「工程」の類似性を理解するためには、ある種の情報の解釈が必要になるし、そこから導きだされる特性は、甘味や塩味といったわかりやすいものではなく、より抽象度の高い「希少性」や「高級感・特別感」となる。
さらに、「口」を「箱」とみなすのも抽象化のひとつであることを忘れてはならない。口には味蕾があり、味を語るうえで極めて重要な器官である。そんな「口」を「箱」、すなわち「入れ物」に見たてるメタファーは、実はこれから扱う味をめぐるメタファーの根底にあるといってもいいかもしれない。
味のイメージを膨らませるメタファーの力
本稿では、「○○の宝石箱や~」のヒットの秘密を探るなかで、「宝石」というごくふつうのことばの裏に気づきにくい豊かなバックグラウンドが隠れていること、そして「宝石」をチョイスすることによって、「宝石」ということばのネットワーク――宝石が呼びおこす連想のつながりや、宝石と結びつきやすい表現の集まり――が刺激され、思わぬイメージを呼びおこすことがあると述ベた。
ここでは「宝石箱」がそれにあたるが、この「箱」一語のパワーは絶大で、豊かな食・味のイメージを膨らませてくれることを説明した。「○○の宝石箱や~」のヒットはたんなる偶然ではなく、メタファーの力によるものだったといえるだろう。