ナチスはユダヤ人を「動物化」し虐殺した

私は非人間化には2種類あると思っています。

人間を動物として考える「動物化」と、人間を機械として考える「機械化」です。例えば脳をコンピュータと考えるのは、非人間化の一つの形です。このような発想のもとでは、意識をソフトウェアプログラムと同じように考えることができますが、現実は違います。

他者を動物として考えることについて、例えば、最も過激な形をとったのがナチスですが、反ユダヤ主義ではユダヤ人を虫、サル、ヘビなどと考えました。いつの時代も特定の人の集団を動物として見るのが差別の手法になっているのです。

写真=iStock.com/Marcus Lindstrom
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人種がその代表ですが、ジェンダーもそうですね。女性差別をする人々は典型的に、女性は子どもを産めるから、その特性ゆえに家にいるべきと考えます。女性を動物にしているのです。再生産する動物的な機能で捉えている。これが動物化です。

哲学は「人間性」を守る思想

哲学には何千年も前から非人間化に抵抗する伝統があり、そこから人間性についての概念が作り上げられました。ですから哲学とは、人間から人間性を守る思想として読むこともできます。ハーバード大学で教鞭を執り、2018年に亡くなったアメリカ人の哲学者、スタンリー・カヴェル(※2)のすばらしい言葉があります。

「みずからの人間性を否定したいという願望以上に人間らしいものはない」

近著『The Meaning of Thought』(未邦訳)(※3)で述べたように、人間とは一生懸命、動物にならないようにしている動物なのです。私たちは人間という動物であるまいとしている。常に自分でないものになろうとしている。哲学はこの性向と戦っています。哲学は私たちに鏡を見せ、これがお前だ、人間という動物だと言うのです。

私たちは他の動物と同じ、ただの動物なのではありません。人間という動物なのです。非常に独特な生き物です。哲学は人間という動物を人間自身から守っているのです。

注2:スタンリー・カヴェル(1926-2018)アメリカの哲学者。ハーバード大学名誉教授。「新しくもいまだ近づきえぬアメリカ」の哲学を求めて個性的な思索を続けた現代アメリカを代表する哲学者。
注3:『The Meaning of Thought』原著タイトルはDer Sinn des Denkens.『なぜ世界は存在しないのか』(原著2013年、講談社選書メチエ)、『「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学』(原著2017年、講談社選書メチエ)に続き、マルクス・ガブリエル氏による一般書「三部作」の最終作となる著書。2018年発表。未邦訳。