最初に取り組んだのは、動物や人の歩く姿を徹底的に観察し、「歩く」とはどういうことか、その原理を分析することだった。そして、足だけのロボットを作って、歩かせる実験に取り組んだ。

足だけのロボットが歩くようになるまでに3年の歳月が流れた。より安定した歩き方をさせるまでさらに5年。足だけのロボットに腕がついたのは、開始から7年後だった。ただ、身長、体重ともに大きくなってしまい、「鉄腕アトム」というよりも、横山光輝のマンガのロボット「鉄人28号」。小型化と安定歩行の研究と実験をさらに続けることになる。

はるばるローマ教皇庁まで「確認」しに行った

完成が近づくと、和光基礎技術研究センターの所長は、バチカン市国のローマ教皇庁を訪問した。「神ならぬ人間が、人間のようなものを作ること」についてキリスト教徒の考えを尋ねるためだ。欧米では人間の形のロボットを作ることは、神を冒涜ぼうとくすると敬遠されがちだった。グローバル企業にとっては反発されることが心配だ。ローマ教皇庁から「それも神の行為のひとつ」という答えを得て、安心して開発を続けた。

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その頃、通産省(現・経済産業省)は、二足歩行ロボットを介護や買い物などに使うプロジェクトを検討していた。省内では「人間のように歩かせるなんて無理」という意見が強かった。同省の担当者がホンダで開発されていることを知ったときには、すでにアシモは歩いていた。その歩きの見事さは、官僚たちを仰天させた。国家プロジェクトよりも早く実現させる。民間の底力だった。

アシモで思うのは、よく企業が基礎研究にここまで人とお金と時間を投じることができたということだ。バブル景気だけでなく、失敗を恐れずに、創意工夫、独立独歩で技術開発を進めるという創業者・本田宗一郎氏のDNAが影響していたのだろう。

2000年にアシモの発表が行われた。インパクトは大きかった。マスコミが取材に押し寄せ「新車だと発表後2カ月ぐらいで収まるのに、アシモは2年を過ぎても途切れない」と広報担当者を驚かせた。

アシモの後、トヨタ、ソニーなどが二足歩行ロボットを次々と発表した。政府の宇宙政策の検討でも、日本らしい月探査計画として、二足歩行ロボットを月面へ送る案が検討された。

まさに日本の科学技術力の象徴だった。