生活に不可欠な「エッセンシャル・ワーカー」がコロナの犠牲に
おそらく、そこで浮上してきたのは、『ブルシット・ジョブ』で前面にあらわれるよりは、その強力な文脈として作用していたテーマ、不要な労働ではなく、必要な労働というテーマです。
「エッセンシャル・ワーカー」が、その名の通り、この人類が生活をいとなんでいくにあたりもっとも基本的で必要不可欠であるにもかかわらず、労働条件において相対的に低劣におかれていることはたとえば、アメリカの経済政策研究所(EPI)という労働組合のシンクタンクによる統計のまとめによってもあきらかです。
2020年5月の時点で、このレポートの著者たちは、コロナ禍のもとでのエッセンシャル・ワーカーが十分な医療や安全配慮を与えられずに働いており、その結果、死亡者が多数にのぼりつつある状況を指摘しています。
そのうえで、アメリカのエッセンシャル・ワークを12(食糧・農業、緊急サービス、公共交通・保管・配達業務、工業・商業・居住設備やサービス業、医療業務、自治体・コミュニティサービス、エネルギーなど)に特定して、それに従事するおよそ5500万人の労働者の賃金やジェンダー、組合組織率などを調査しています。
「必要な労働」なのに給与が低い現実
それによると、エッセンシャル・ワーカーの70%が非大卒。医療従事者における女性の割合は76%、それに対してエネルギー部門では男性が96%、食糧・農業や工業・商業・居住設備やサービス業の半数以上を非白人が占めています。
その結果もあるでしょうが、給与も非エッセンシャル・ワーカーに対してエッセンシャル・ワーカーが低くなっています。
「エッセンシャル・ワークの逆説」は、ここからも確認できます。それでは、いったいどうしてこのようなことが起きているのでしょうか? どうしてこのようなことがさしておかしいともおもわれていないのでしょうか?