前受金が増えるほど現金も流動負債も増えていく

それでは、なぜたった一年でこれほど現金預金の金額が減少してしまったのでしょうか? その理由について解説する前に、旅行代理店のお金の流れを解説します。

旅行代理店はサプライヤーである航空会社やホテル会社からチケット等を仕入れ、それをパッケージ化して顧客に対して販売するビジネスです。お金の流れが特徴的で、旅行をする前に事前に旅行客からお金を受け取る慣習があります。

図表=筆者作成

この旅行者から事前に受け取る「前受金」の動きを、決算書の数値の動きと共に見ていきましょう。まずは予約のタイミングに前受金が入金されますが、この時点では収益に計上はされません。収益として計上されるのは、サービスの提供が完了したタイミングとなるため、予約のタイミングで受け取った前受金は貸借対照表の負債に計上されます。

その後、旅行が終了し、サービスの提供が完了した時点で、貸借対照表の負債に計上されていた前受金を収益へと振り替えることになります。

図表=筆者作成

つまり、旅行代理店の商流ではサービスの提供前に現金が入ってくる仕組みとなっています。資金繰りの面でも有利に働くこの「前受金」のシステムですが、先に獲得した現金を使い次の顧客を獲得するための広告宣伝等にお金を回すことができるため、顧客獲得の面でも強力な武器となります。

図表=筆者作成

ここまでの流れをまとめると、旅行代理店ビジネスでは、旅行者が増加し事業が回れば回るほど現金がどんどんたまっていく傾向があります。そのお金の動きが貸借対照表に反映され、資産の現金等と、負債の前受金が積みあがっていきます。

図表=筆者作成

キャンセル料だけで約800億円の現金が流出

このように、お金が先に入ってくる強力なビジネスである旅行代理店ですが、コロナウイルスの流行により大きな弱点が浮き彫りとなってしまいました。それは旅行者のキャンセルによる影響です。

通常は予約の時点で前受金を受け取ることとなりますが、旅行者がキャンセルする場合には返金が必要となります。従って、大量キャンセルが発生してしまう場合には、事前に受け取っていた前受金が一気に減少し、結果現金の流出へとつながります。

図表=筆者作成

エイチ・アイ・エスのコロナウイルス流行前後の数字の動きを見てみると、1年間で「旅行前受金」という勘定が800億円近く減少しています。これは予約していた旅行者による旅行のキャンセルの影響金額です。

図表=筆者作成

キャッシュフロー計算書の動きからも読み取れるように、本業での現金稼得を表す営業活動によるキャッシュフローが、コロナウイルスの流行が始まった2020年に大きく減少しています。多額の現金が流出していることがキャッシュフロー計算書の動きからも読み取れます。

図表=筆者作成

このように、売り上げの減少や赤字の拡大以上に危険なシグナルが現金の減少であり、その最も大きな影響が旅行者のキャンセルによる前受金の返金ということが読み取れます。従って、新規の旅行者が増えないという問題以上に、既存客のキャンセルという問題がコロナウイルスの流行によりエイチ・アイ・エスの業績に多大な影響を与えてしまいました。