歴史が浅くても記号的価値は構築できる
日本農業の価値を上げていくための方策は、このような記号的価値や消費文化を構築することにしかないと考えています。
しかし、800年近い歴史を持つロマネ・コンティのことを例として出されても、到底まねできない、と思われる方も多いと思います。確かに日本で現存する農家において、800年の歴史の正統性を語ることができる農家はほとんどいないと思います。しかし、ワイン界では、フランスを中心としたヨーロッパではなく、新興産地の作り手たちによって、テロワール主義とは異なる消費文化を作り上げ、記号的価値を有しているワインも存在しています。
例えばオーストラリアには「グランジ」という超高級ワインが存在します。グランジはペンフォールドというワイン製造会社の最高級ブランドです。日本での価格は10万円前後。ペンフォールド社では、特定の地域や特定の区画で栽培から醸造までを一貫して行うのではなく、その年に収穫できた品質の良いブドウを各地の畑から選りすぐってブレンドしてワインを醸造しています。
ですから、このワインはテロワール主義ではありません。ペンフォールド社において重要視されるのは、ワインのスタイルと品質の一貫性です。1950年にグランジを初めて生み出した当時の醸造家の職人としての天才性こそが、ブランドの核となっています。
このため、畑や特定の区画よりも、一貫した品質のワインを醸造する作り手が前景化されているのがこのブランドの特徴です。そして、その作り手の努力によるスタイルと品質の一貫性が理解され、グランジを頂点にしたオーストラリアワイン、新興世界ワインを支持する消費文化が出来上がっているのです。
日本の農作物も独自の消費文化や記号的価値を創造せよ
ロマネ・コンティの800年に対し、こちらは100年にも満たない歴史しかありません。必ずしも歴史の長さに恐れおののく必要はないのです。このような消費文化や記号的価値を創造することができれば、日本の農産物の高額販売は可能になるはずなのです。
実を言えば、私自身がレンコンにおいて、世界で初めて高級ブランドを作り上げた張本人なのです。この顚末については、本書と同じく新潮新書から出版された前著『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』に書きましたので、ご興味があれば手に取ってみてください。
「バカ売れ」というタイトルの通り、既に1本5000円レンコンは商品価値が理解されるようになり、2020年時点で最高5年待ちの商品となりました。そんなこともあり、21年には1万円に値上げしました。しかし、私はそれでも飽き足らず、21年度から1本5万円のレンコンを販売する試みも始めました。
農業の働き方についての現代的アップデートが目的であるとはいえ、さすがにやり過ぎだ、単なる金儲けだ、と思われる方もいるかと思います。しかし、1本5万円レンコンには、単なる金儲けを超えた深い理由があるのです。