すべての乗用車がEV化すれば「原発10基」が必要
また、供給力や供給インフラについても考える必要がある。国内の乗用車がすべてEV化した場合、夏の電力使用のピーク時には電力不足になると試算される。これを解消するには発電能力を10~15%増強する必要がある。これは原子力発電で10基、火力発電で20基に相当するものであり、乗用車のみならず商用車も含めてEV化した際の現実運用の障壁になり得る。これは自工会の懸念(というより、政府への問いかけ)とも合致する。
また、クルマのパワートレインミックスとセットで検討・推進すべきエネルギー供給インフラに関して、政府が「急速充電器を3万基、水素ステーションを1000基に増やす方針」を打ち出したこと自体は理にかなっていると言えるが、“どこに何を誰に対して何のために”という具体的な利活用シーンが明示されておらず、自工会の「設置自体が目的にならないように」という注文がその不合理さを物語っていると言えよう。
立ちはだかる「550万人の雇用をどうするか」
3つ目にして大きな問題は、自動車産業の550万人におよぶ雇用の維持である。これまで、政府が脱内燃機関を強力に推し進めてこなかった理由の1つと言われている。
例えば、BEV(電気自動車)は、GE車と比較しても、部品点数が約30%減(部品点数の多いエンジンがなくなることの影響が大きい)、整備・メンテナンス需要(頻度×時間)で約20%減となり、従来自動車製造に関与する雇用は減少するからである。これは日本同様に自動車産業が国を支えているドイツなどにも見られた傾向であった。
ところが、国際社会において、その雇用維持のプレッシャーより、カーボンニュートラルへの圧力が上回る昨今、気候変動への対応方針(日本ではグリーン成長戦略)を打ち出さざるを得なくなった。所管する省庁によっては、政策目標が社会全体の環境負荷の低減やカーボンニュートラルではなく、EVの普及台数(率)に絞られている点も、協調ポイントのズレを生んでいると考えられる。
戦い方が変わるのに業界内の足並みもそろわず…
自工会としては、これまでグローバルマーケットで優位性を保ってきた自動車バリューチェーンや戦い方がBEVへのシフトで大きく変わり、雇用へのインパクトが避けられないので断固としてこれに異を唱える必要がある。正確には、雇用維持のためではなく、完全BEVシフトは前述のエネルギー生成や供給インフラ等の視点からも成り立たない、よって、ミックスで考える必要がある、という主張になる。これまで雇用維持の観点で一致していた政府と自工会にズレが生じたように見えるのはこのためである。
さらに、問題を複雑にするのは、自工会の中でも足並みがそろっていない実態である。前述の通り、自工会は、BEV一辺倒の潮流に対して、BEV以外の選択肢を広げようと動き続けているのは、日本の雇用と命を背負っているからである、と謳っている。