意識改革推進部部長・野村直史氏

だからこそ、稲盛は就任当初から、JALは倒産した会社なのだということを、徹底的に口にしたのだ。ゆえに、自分たちのやり方は、どこか間違っていたという認識があるからこそ、JALフィロソフィや部門別採算制度も、大きな抵抗もなく受け入れられたといえる。逆にいえば、経営危機という極限状態にならなければ、企業の意識改革は、なかなかできないということである。

このことは、これからのJALの課題も暗示している。意識改革推進部の野村直史は懸念する。「業績が安定してくると、フィロソフィに対する意識が薄れて、もうこんなものいいよ、という事態になることが十分考えられる。だから、意識改革の取り組みはここからが難しい」。

大西 賢も同様だ。「いまJALでは、安全に関するトラブルがほとんどない。おそらく破綻から再生への緊張感が続いているからだ。今後、気が緩むことがないか非常に心配している」。

JALの業績回復の一つの要因として、人件費の大幅な削減が挙げられる。09年度比で、平均してパイロットは約30%、CAは約25%、地上職は約20%賃金がカットされた。JALの賃金が高いというのは、もはや過去の話だ。

JALは、エアライン・オブ・ザイヤー2011受賞。

あるパイロットは「賃金面では副操縦士がとくに大変。家や車を売ったり、子どもを転校させたり、生活を大きく変えざるをえなかった連中がいっぱいいる。経費を減らすために、パイロットを中国の航空会社に出向させるという話が出ているのを、知っていますか。経営陣の頭にあるのは、再上場を果たすための数字だけとすれば残念です」という。

航空業界に詳しい早稲田大学アジア研究所教授の戸崎肇は、JALの最大のリスクは、稲盛が経営陣からいなくなることだと指摘する。稲盛に限らず、名経営者の要求は、ある意味で矛盾を含んだ部分がある。部門ごとに収支の最大化を求め、部門間同士のシビアな商取引を活発化させる一方で、利他の心で全社最適を求める。JAL社員のモチベーションが下がったときに、組織が瓦解する危険を孕む。

JALフィロソフィ手帳には、企業理念として、真っ先に「JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し」と、高らかに謳われている。JALの業績が急回復する中で、稲盛と大西はこの理念をどんな形で表現してみせるのか。JALの再建は、第2ステージに入った。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(小倉和徳、室川イサム=撮影)