顧客視点に立つということは、実は飛行機が遅れたときに重要だ。岡山空港の整備長猿楽浩二は、飛行機の出発が遅れるときには、待合室に出向き、マイクを取って、遅れる理由を自ら説明するようになった。

日本航空会長 稲盛和夫氏

飛行機が遅れる場合、以前は、地上職員が「機材の到着遅れで、出発が○○分ほど遅れる見込みです」と説明していた。これに対して、整備のプロである整備士自身が、きちんと遅れる理由を直接説明するのが、多くの乗客から好評を得ているという。猿楽は言う。「稲盛会長の言葉は、私にでも理解できるぐらいわかりやすい。整備士の私にはまったく縁がないと考えていた経営についても『売り上げを最大に、経費を最小にすることだ』と言われ、腑に落ちた」。猿楽のフィロソフィ手帳は何度も読み込まれ、無数の線が引かれ、ぼろぼろになっている。

大西賢が社員に訴えているのは、JALは単なる航空運輸業ではなく、サービス業だということ。その意識は着実に、浸透しつつあるようだ。JAL改革のもう一つの柱である部門別採算制度はどうか。部門別採算制度は、もともと稲盛和夫が京セラの経営手法として確立した。

「アメーバ経営」として知られるこの経営手法は、組織を可能な限り、最小の小集団にまで細分化し、小集団ごとの収支を「見える化」する。これによって、役割と責任の所在を明確にし、各集団が「売上を最大に、経費を最小に」することを目指す。そしてその活動を通じて、経営者マインドを持った人材の育成と、全員参加型経営の実現を図ろうというものだ。

日本航空社長 大西 賢 おおにし・まさる●1955年生まれ。東京大学卒。78年、日本航空入社、成田整備工場点検整備部配属。以後、主に整備畑を歩む。2009年、執行役員。10年より現職。

興味深いのは、社内の部門同士でも取引を設けることだ。与えられる金額の多寡について、部門同士が激しくぶつかり合うことになる。

JALでは部門別採算制度導入へ向け、10年12月に組織を改革し、新年度に入ったこの4月から正式に実施されている。京セラのようなメーカーとは異なるJALの部門別採算制度とはどのようなものか。同制度の中核となるのが、路線統括本部だ。ここが路線収支に責任を持つ。同本部国際路線事業本部長の米澤章の説明によれば、その仕組みは次だ。

路線統括本部はいわばメーカーで、日本航空の他の部署から、機材、運航乗務員、客室乗務員、整備士など、飛行機を飛ばすために必要な「もの」や「業務」を、社内取引で購入する。そしてそれらを一つの商品に仕立てて、旅客販売統括本部に販売する。売れたら一定の手数料を販売統括本部に支払い、残りが収入となる。この収入と購入に支払った差額が、収支となる。つまりJAL全体が、同志的結合をもった中小企業の集まりになると考えるといいかもしれない。