インフォームドコンセント

夫の手術は、5日後に決まった。主治医は白井さんだけに、次のポイントを説明した。

・神経膠芽腫は浸潤性のため、100%再発すると言われている。だが、手術でなるべくきれいに取り除き、その後、放射線療法や抗がん剤治療をすることで、再発を遅らせることは可能
・夫の脳腫瘍は左右前頭葉にある。前頭葉を大きく失うと、自発性や理性が失われるため、攻撃的になったり、怒りっぽくなったりする。さらに情報の整理ができなくなり、相手が言っていることを理解する力がなくなる
・水道の蛇口を捻って、水を出すことはできるが、止め方がわからなくなる。ガスコンロの火をつけることはできても、消し方がわからなくなるなど、1人での留守番は難しくなる。

白井さんは言った。

「まだ1歳と4歳の娘がいます。パパには、1日でも長く生きていてもらいたいです。どんな障害が残っても、生きているだけでいい。長く生きられることを優先してください!」

この後、主治医は、夫の病室へ行き、「今から大切なお話をします。恐らくご主人は5分で記憶を失ってしまうと思いますが……」と前置きしてから話し始めた。終わった後、白井さんが夫に「今の話分かった?」と訊ねたところ「うん。よかったじゃん。住宅ローンがゼロになるじゃん」と答えた。

「全部理解した上で冗談を言ったのか、理解できなかったのかはわかりません。でも、何だかほっこりして、2人で笑ってしまいました」

しかし5分ほど経つと、「うるせーなー」と言って夫は横になってしまった。

開頭手術後の急変

手術当日の朝、娘たちを連れて夫の病室へ行くと、夫は手術着に着替えていた。それまで、娘たちが近づくのも嫌がっていた夫が、娘たちを膝に乗せて笑う。この日撮った写真が、夫らしい笑顔の最後の写真となった。

8時間ほどで終わると言われていた手術は、11時間後に終了。

手術室から出てきた夫は、頭にテープや包帯をまかれ、まだ会話ができる状態ではない。白井さんは、とりあえず手術が無事に終わり、ほっとして帰宅した。

写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです

翌日、白井さんは長女を幼稚園に預け、次女を連れて車を2時間飛ばし、夫に会いに来た。

「どう? 気分悪くない?」と声をかけると、夫は「うん……キモい」と言って、咄嗟にテーブルにあった尿検査用の紙コップを掴み、中に嘔吐。

白井さんは思わず吹き出した。夫も少し笑ったが、表情は乏しい。だが、自分で普通に座り、吐きそうになったら汚さないように紙コップに吐いた夫を見て、白井さんは安堵を覚えた。

「手術の翌日にこんなに元気だなんて、やっぱり若いから回復力半端ないな」と思いつつ、白井さんは長女のお迎えに間に合うように帰宅。しかしその夜、娘たちを寝かしつけていると、主治医から連絡が入った。

「ご主人の状態が急変し、すぐに手術をしないと危険な状態です。手術してもよろしいですか?」

白井さんは、「はい、お願いします」と答える。

「何が起こってもおかしくない状態です。すぐに病院に来てください」

そう言われた白井さんは、義母に連絡。娘たちのことは義姉が見ていてくれることになり、義母と2人、タクシーで病院へ向かう。主治医の説明によると、夫は前日の手術後に脳がむくみ、脳幹が圧迫されたために、「開頭外滅圧術」を行ったという。頭蓋骨を外したままの状態にして、脳内の圧を逃がし、これ以上脳がむくまないように、約1カ月間ICUで、薬で眠らせた状態にして、脳を休ませることに。

また、夫は脳浮腫により、右後方に脳梗塞を起こしてしまったという。この場所は視野欠損が起こる場所なので、左目の視野が半分くらいになってしまう可能性が高く、失語症を発症する恐れもある。

白井さんは、ICUで眠る夫の身を案じ、祈るばかりだった。(以下、後編

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