脱炭素は雇用と未来がかかった死活問題

一方、習近平国家主席率いる中国には、明確な国家目標と戦略がある。中国は建国100年にあたる2049年までに「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げ、経済・軍事ともに世界の覇権を握る国家目標を掲げる「中国製造2025」を発表した。そのなかで「強い製造業なしには、国家と民族の繁栄も存在し得ない」と、製造業を国家安全保障の礎に位置づけた。

中国は明治日本の殖産興業政策をモデルに、ハイテク分野に集約し産業を支援する政策を実施している。とくにハイテク製品の70%を中国製にし、製造業を質の面でも向上させ、競争力のある製造業で強国を打ち立てる計画だ。そしてそのために日本企業や有能な人材を次々と誘致している。

2018年10月4日、米国のペンス副大統領(当時)は、「『中国製造2025』計画を通じて中国共産党は、世界の最も先進的な産業の90%を支配することを目標としている」と警鐘を鳴らした。

ちなみに、日本が外貨を稼いでいる輸出品のトップテン(2019年)は上位より自動車、半導体等電子部品、自動車部品、鉄鋼、原動機、半導体等製造装置、プラスチック、科学光学機器、有機化合物、電気回路機器である。1位が自動車で15.6%であり、自動車部品を入れると全体の20%を占める。自動車産業は70兆円規模の総合産業であり、部品、素材、組立、販売、整備、物流、交通、金融など、経済波及効果はその2.5倍である。

脱炭素のパラダイムシフトのなかで、これらの産業が中国に生産拠点をシフトしていけば、中国はこれらの産業において覇権を握り、日本経済の中国化を後押しする。中国が国家戦略のなかで重要視している自動車産業、半導体、鉄の新素材などは、いずれも日本に技術があり、これらの生産技術の獲得が中国の国家戦略の中心にある。

小泉進次郎氏は2019年に環境大臣として、国連気候行動サミットに出席し、「気候変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきだ」と発言しメディアを沸かせた。しかし自動車工場の現場で額に汗して働く人たちにとっては、これはもちろんクールでセクシーな話ではなく、「脱炭素」という経済戦争のなかで雇用と未来の生活がかかった死活問題である。

前述のとおり、日本国経済はトヨタをはじめとする自動車産業によってその屋台骨を支えられているといっても過言ではない。世界で一番厳しい環境規制のなかで自動車を製造してきた日本の工場が、彼らの努力を適正に評価されず、行き場を失い、国を出ていったら、日本の地方経済は成り立たない。ひとたび海外に出ていくと、日本にその製造拠点を戻すことは容易ではない。

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私は大学時代より企業城下町の調査をライフワークとして、毎年、鉱山や製鉄所、自動車組み立て工場、部品工場、造船所など世界のさまざまな製造の現場を訪れてきた。だが以前は栄えていた企業城下町で、企業が撤退し、崩壊していくのも目の当たりにしている。町工場の機械音が、作業着を着た工場の人たちの知恵や営みが、私たちの現在の生活を支えていることを忘れてはならない。