脱炭素は欧州と中国による日本の自動車産業潰し

小泉大臣は〈EVの話をすると、よく雇用についての悲観論を耳にしますが、それは一面的な見方にすぎません。ビジネスモデルを変えれば、当然、そこには新たな雇用が生まれる。これまでの雇用を失うことを恐れるあまり、既存のビジネスモデルを守ろうとするばかりでは、世界から取り残されてしまいます〉(『文藝春秋』2021年4月号)と語るが、果たして本当にそうだろうか?

電気自動車の充電
写真=iStock.com/3alexd
※写真はイメージです

日本の自動車メーカー、ホンダは政府の掛け声に応え2030年に向けEVシフトを宣言したが、雇用への影響はさけられなかった。この8月、社員の約5%に当たる2000人を超える社員が早期退職に応募した。四輪車向けのエンジンやトランスミッションを製造している栃木県真岡市のホンダ工場も、2025年末までの閉鎖が決まった。真岡市の工場には約900人の従業員が勤め、市内の協力会社は20社に上り、雇用不安が広がっている。

自動車工業会の豊田章男会長は4月22日の自工会の記者会見で、「最初からガソリン車やディーゼル車を禁止するような政策は、技術の選択肢をみずから狭め、日本の強みを失うことになりかねない。

今、日本がやるべきことは技術の選択肢を増やすことであり、規制、法制化はその次だ。政策決定では、この順番が逆にならないようにお願いしたい」と述べ、内燃機関を活かすエコな燃料や水素燃焼エンジンに取り組んでいることを明かした。

日本の自動車産業は世界において圧倒的優位をもつ数少ない産業である。欧米の自動車産業は日本の内燃機関の性能に勝てない。そのパワーバランスを変えるゲームチェンジのために、欧州連合(EU)と中国による戦略的EV化が出てきた。ある意味、日本の自動車産業潰しでもある。これに対して日本が国益を守るのか、それとも、EUと中国の策略のゲームに乗って日本の自動車産業の弱体化に手を貸すのか、一つの岐路に立たされている。

日本の自動車メーカーは厳しい環境規制をクリアする優れた内燃機関を開発してきた。だからこそ世界の市場で支持されている。にもかかわらず、なぜ環境に貢献をしてきたハイブリッド車や、厳しい燃費規制をクリアしてきた功績を、世界にアピールしないのか疑問だ。

日本でEV車が普及するためのさまざまなハードル

日本の自動車産業の就業人口は、全就業者人口(6500万人程度)の約1割で、コロナ禍において96万人の雇用が失われるなかで、唯一11万人の雇用を増やしている。また、日本の租税総収入約100兆円のうち、自動車関連会社、自動車ユーザーによる納税額を合わせると少なくとも15兆円は上回り、事実上日本の基幹産業である。日本の貿易収支は自動車産業の輸出と連動する。

クルマを選ぶのはユーザーである。現在年間465万台の新車が国内で販売されているが、EV車は1%に満たない。第一にEV普及はインフラ整備と一体である。一軒家に住んでいる人なら、駐車場を工事して充電設備を設置することができるが、マンションやアパートなど集合住宅の場合は、市内の充電設備を利用する必要がある。政府がEV化に舵を切るのなら、まずはEVのインフラの整備が最初だろう。

次に日本は災害大国であり、寒冷地や雪国には不向きである。大雪で立ち往生した場合、EVだとレッカー車で移動させる以外にない。三番目に価格の問題がある。EV車は高い。日本の道路の83%は軽自動車でなければすれ違うことができない道であり、軽自動車の販売は180万台に上る。

農作業で使われている軽トラは70万円台で購入できるが、馬力があり、田んぼでも、オフロードでも活躍する国民車である。ハイブリッドになればこれが20万~30万円高くなり、EV車になればさらに100万円上がる。軽自動車を購入する人にそれだけの金額を払う余裕があるだろうか。まして電池の軽トラでは、オフロードや田んぼの農作業には危なくって使えない。