温室効果ガスの排出量を抑える動きが世界的に進んでいる。評論家の加藤康子さんは「日本の製造業は既に世界一環境に優しい。EUと中国の策略に乗って同調すると、日本の基幹産業である自動車産業が壊滅し、多くの雇用をつぶすことになる」という――。

※本稿は、加藤康子ほか『SDGsの不都合な真実』(宝島社)の一部を再編集したものです。

自動車産業
写真=iStock.com/RicAguiar
※写真はイメージです

日本は経済政策よりも地球環境政策を優先

脱炭素は、今までのどの政策よりも日本の経済と産業構造に決定的な打撃を与える政策である。舵取りを誤ると日本は長年培ってきた工業立国の土台を失い、多くの失業者を抱えることになる。

明治の日本にはお金がなかったが「工業を興す」という国家目標があり、その実現のために世界から人材を迎え入れる器をつくり、人を育て、産業を興し、憲法をつくり、わずか半世紀で工業立国の土台を築いた。昭和には所得倍増計画という大きな目標があり、真っ黒になって働いた市民の手があった。その手は工場、職場、家庭で、わが国の繁栄を支えた原動力であった。

令和の日本にも、1億2500万人の国民を豊かにし、国を強くする国家目標と戦略が必要である。だが政府が重要政策に位置づけているのは、経済政策ではなく、地球環境政策である。

昨年(2020年)10月26日、菅義偉総理は所信表明演説で、国内の温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明し、世間を驚かせた。いまやこのグリーン政策が菅政権の看板政策となっている。空気をきれいにすることに誰も異論はないが、東京の空はきれいである。

日本を支える製造業を自ら壊そうとしている

2020年の国内総生産を見ると、全体で536兆円の日本経済は、その20%以上が製造業によって支えられている。製造業は国力そのものであり、国家安全保障の源である。屋台骨を支える製造業が弱くなれば国力は弱くなり、骨太になれば、国は豊かになる。

だが菅総理の施政方針演説には、グリーンやデジタル、そして農業と観光は出てきても、製造業が出てこない。政府は国民経済を支える人たちを置き去りにしている。それどころか、環境NGOが言うような急進的な地球環境政策を国策にすることで、日本のメーカーが涙ぐましい努力で培ってきた基幹産業を自らの手で壊そうとしている。

この20年、日本のものづくりは明らかに後退している。1980年代に世界を席巻していた日本の半導体メーカーは周回遅れとなり、造船業は受注をとれず、一世を風靡した日の丸家電メーカーの姿もない。

イギリスの民間調査機関である経済ビジネスリサーチセンター(CEBR)は、日本経済が2030年までにインドに抜かれ4位になり、その後、日本はさらに7位か8位に転落する、と予測している。製造業競争力を表わすCIP指数では、日本はすでに韓国に追い抜かれている。

ものづくり力の劣化は企業の経営責任にとどまらず、政治に責任がある。諸外国が産業を守り、官民一体で新技術を支援するなかで、日本政府は産業支援には及び腰だ。近年、日本の製造業は、世界一高い電力料金と厳しい環境規制、膨れ上がる人件費や社会保障費と労働規制の制約のなかで懸命に闘っている。

中国・韓国に限らず、欧米各国が国として戦略的に重要な産業に巨額の資金を投じるなかで、日本だけが本気で国力の増強に向き合う意志がないことが、国民にとって未来に自信がもてない理由の一つとなっている。失われた30年、日本は常に萎縮をしてきた。