怒鳴り散らす乗客の正体

深夜0時、浅草だった。30代の酔客が乗ってきていきなり「まっすぐ行け!」ときた。

クルマは蔵前方面に向いていて、指示どおりにまっすぐ走らせた。200メートルほど走り、「この方向でよろしいですか」と確認すると、「日暮里」とだけ言う。日暮里なら、反対方向だ。

「日暮里だと逆方向です。どこかでUターンします」と言うと、「なんで逆に行ってんだよ!」と怒鳴られた。この手のお客に弁解しても無駄なので、素直におびする。日暮里に着いて支払いの際、お客の財布から名刺が落ちた。

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/kuppa_rock)

お客は気づかないので私が拾って渡そうとしたとき、チラッと名刺の会社名が目に入った。大手の広告代理店の名前が見えた。思わず「こんな立派な会社にお勤めの方がタクシー運転手を困らせるようなことをしてはいけませんよ」と言ってしまった。

会社がバレたお客は小声で「ごめんなさい」とだけ言い残し、逃げるように立ち去った。密室の中で傍若無人ぼうじゃくぶじんにふるまうお客も、身元が知られることを嫌がる。一流会社のサラリーマンならなおさらだろう。

乗客を起こすときは大声を出してはいけない

夜の11時すぎ、新小岩。ロシア人美女2人に両脇を支えられ、タクシーに押し込まれるようにして乗ってきた酔客は「牛久(うしく)まで。着く少し前に起こして」とだけ言って、ゴロンと横になった。茨城県の牛久とは魅力的だ。

ここから牛久までなら2万円超になるだろう。牛久に向かう道中、後部座席からはいびきが聞こえてくる。牛久に到着する手前で「お客さん、もうすぐですよ」と声をかけたが、起きない。何度か声をかけるが、一向にいびきがやむ気配がない。

爆睡客の起こし方は、じつは子どものころに覚えた。夜中におねしょをしてしまい、隣で寝ていたおばあちゃんを大声で呼んだら、飛び起きて「心臓が止まるかと思った」と怒られた。それ以来、初めは小さな声で、だんだん大きな声にして起こす技を身につけた。

ふつうの酔っぱらいならこれで目を覚ます。ところが、このお客はそれでも目を覚まさない。ドライバーはお客の身体からだに触れてはならないので、もうどうしようもない。牛久に到着して、ようやくお客が目を覚ました。

すると「どうしてもっと前に起こしてくれなかったんだ」と怒り出した。「何度もお声をかけたんですよ」と言っても収まらない。通行人が見ていて「警察呼びましょうか」と言ってくれ、なんとか騒ぎは収まった。