タクシー運転手は有名人の本性を目撃することがある。15年にわたってタクシー運転手として働いた内田正治さんは「普段は綺麗きれいごとを言っている有名人も、タクシー運転手に罵声を浴びせることがある。同僚が有名な女性コメンテーターを乗せたときも、まるで奴隷に接するような態度で怒鳴りつけられたようだ」という――。(第2回)

※本稿は、内田正治『タクシードライバーぐるぐる日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

メガホンを使用して叫ぶスーツの女性
※写真はイメージです。(写真=iStock.com/rugbyho)

銀座にはタクシーに乗ってはいけない場所がある

銀座は日本でもめずらしい特別地区で、区域と時間によって指定の場所以外ではお客を乗せることができない。

同僚の中には、銀座のお客は長距離の紳士が多いからと好んでいる人もいた。私はその複雑なルールがあいまいだったので近づかないようにしていた。でも、よその場所で乗せたお客から「銀座並木通り」と言われれば行くしかない。

このあたりはタクシーセンター(東京のタクシーの登録、指導、研修などを行っている公益財団法人)の係員による巡回が頻繁に行われていた。万一、指定場所以外でお客を乗せているのが見つかれば、乗務停止処分や、2日に及ぶ研修を受けなければならなくなる。

銀座でお客を降ろすと、私はすぐ表示板を「回送」に切り替え、ドアもロックして逃げるようにその場から移動していた。某大学の学長を乗せて、赤坂、銀座と丸々一日同行したことがある。

夜9時すぎに銀座のあるクラブ前で降りると、「戻ってくるまで待っていて」と言う。しかし、夜の銀座に路上駐車で待機する場所などない。

どうしようかと困っていると、学長は「ひと回りして、5分ほどしたらまたここに戻ってきてくれればいい」と言う。言われたとおりグルッとひと回りして戻ってくると、ポーターと言われる駐車管理人によって、公道にもかかわらず、私のためのスペースが確保されていた。公道なのにこのような暗黙のルールがあるのも銀座ならではのことであり、学長はそのルールを使えるほどの常連客なのであろう。