中絶禁止の犠牲になるのは経済的に恵まれない女性
だが、なんといっても最大の懸念は、中絶へのアクセスが困難になることで、弱い立場の女性が不利益を被ることだ。米ブルッキングス研究所の報告書(2020年11月10日付)によれば、昨年の大統領選で、当時未開票だった110郡を除き、トランプ大統領が勝った2497郡の経済活動が米国内総生産(GDP)の3割に満たなかった一方で、バイデン氏が押さえた477郡は米GDPの7割に上った。
共和党が強い「レッドステート」(赤い州)と民主党寄りの「ブルーステート」(青い州)の経済格差が広がる中、共和党地盤の州で中絶禁止の法制化が進めば、トランプ前大統領の支持者が多い遠隔地の最も経済的に恵まれない女性が犠牲になる、という皮肉な結果になりかねない。
「州の(中絶政策における)格差が際立つにつれ、居住地や経済状況次第で、中絶へのアクセスがさらに困難になる」と、ジーグラー教授は懸念を示す。
例えば、ライドシェアのドライバーが、女性の乗客が中絶しようとしていることを承知したうえで診療所に送り届け、第三者に知られた場合、ドライバーも被告になりうる。9月3日、米ライドシェア業界大手のウーバー・テクノロジーズとリフトは、ドライバーが訴えられた場合、訴訟費用を負担すると表明。低所得層などの女性に中絶や避妊薬の処方、検診を行う米医療系非営利団体「プランド・ペアレントフッド」(家族計画連盟)に100万ドルを寄付すると発表した。
テキサス州法の発効を受け、米司法省は9月9日、テキサス州を相手取り、同州の連邦地裁に提訴。中絶禁止法の施行をただちに差し止めるよう求めた。9月14日、米司法省は再度、同連邦地裁に申し立てを行い、判決が出るまでの間、その施行を暫定的に差し止める緊急命令を出すよう求めた。連邦地裁は10月1日、審問を始める。
トランプ前大統領の爪痕は大きい
ジーグラー教授の予測どおり、連邦最高裁が「ロー対ウェイド判決」を覆した場合、その反動は選挙への影響にとどまらない。まず、中絶を全面的に、または大半の場合において禁じる州が続出するだろう。そして、反対派と賛成派の間で「対立が激化する」(同教授)。民主党が最高裁のリベラル化を求め、判事の増員や任期制限など、最高裁改革に動き出す可能性もある。
トランプ前大統領がフロリダに移って早8カ月余り。ホワイトハウスは打って変わって落ち着きを取り戻したが、前大統領が米国社会に残した爪跡の大きさは計り知れない。