「そう受け止められたのなら申し訳ない」は許されない

もうひとつは野球評論家の張本勲さんによる、オリンピックの女子ボクシングに関する発言です。テレビ番組で「女性でも殴り合い、好きな人いるんだね」「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って」などと言い、女性やボクシング競技への蔑視だとして非難を浴びました。

張本さんは謝罪として「言い方を間違えて反省しています」と言いましたが、この言葉にも河村市長と同じ、「悪意がなかったから自分は悪くない」と言いたい気持ちが透けて見えます。

僕にはどちらも、問題の根本を理解しているようにも、反省しているようにも聞こえませんでした。お二人の言葉が意味するところは、謝罪のテンプレートである「そう受け止められたのなら申し訳ない」と同じです。

この言葉から伝わってくるのは、自分の言動が悪いとはまったく思っていないということです。不快に感じたのならそれは受け取った側の責任であり、自分は悪意がなかった、あるいは単に間違えただけなのだから許されるはずだ――。そんな思い込みが伺えます。

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「無自覚ハラスメントおじさん」はかなりたくさんいる

ジャーナリストの奥田祥子さんは、著書『捨てられる男たち』の中で、40~50代の上司世代によるパワハラやセクハラなどを「無自覚ハラスメント」と言っていました。今回のお二人に共通しているのは、まさにそれではないでしょうか。

本人がいかに無自覚でも悪意がなくても、ハラスメントはハラスメントです。指摘されたら受け取った側に責任転嫁するのではなく、自分がそうした言葉を発したことについてしっかり考え、何が悪かったのか理解し反省するべきでしょう。

なのに河村市長も張本さんも、「何でこんなに責められるんだろう」「昔はこれで許されていたのに」と不思議に思っている様子。残念なことに、こうした考え方のおじさんはいまだにかなりの割合で存在しているのです。