官邸官僚が追ったのは「国益」か「政治的利益」か
象徴は、経産官僚から政務の首相秘書官に転じた今井尚哉。今井は内政だけでなく、外交でも安倍の名代として辣腕を振るった。
欧州との経済連携協定(EPA)では、通商担当のEU委員と直接、交渉。事務次官経験者は「豚肉やチーズなどの関税撤廃・削減について、国内に慎重論もある中、官邸主導で交渉期限を切ったのは今井氏だった」と語る。
この時、今井は周囲に言った。
「誰が交渉を成功させたかを国民は知る必要はない。あえて言えば『安倍の成果』だ」
官邸官僚が追ったのは国益だったのか、それとも首相の安倍の政治的利益だったのか。
安倍が取り組んだ対ロシアの北方領土問題で、安倍はまず、海産物の増養殖や温室野菜栽培など日ロの「共同経済活動」によって信頼醸成を進める戦略を選ぶ。そんな中、外務省関係者が集うパーティーでこんなやりとりがあった。
外務省OB「共同経済活動なんてうまくいくわけない」
現職幹部「分かっているんです。うまくいくはずありません」
OB「だったら、君が官邸にちゃんと言わないと駄目だ」
幹部「私から言えるわけありません」
同席していた別のOBは、「共同経済活動が法的に無理なのは交渉の歴史を見れば当然分かる。それを知る外務省が官邸に意見できない状態はおかしい」と官邸主導で外交が進んだことを憂えた。後輩には官邸に進言するよう伝えたが、返ってきた答えは「先輩の時代とは違います」とそっけないものだったという。
「人事による恐怖を官僚統治に使っている」
平成の改革で誕生した第2次安倍政権の「強すぎる官邸」には二人の主がいた。首相の安倍と、官房長官の菅義偉だ。菅は官房長官当時、周囲に「外交は安倍総理。内政は俺。総理は内政は全部、俺に任せてくれているんだ」と語っていた。
外交と内政での役割分担に加え、二人の違いは官僚の人事にあるという見方もある。
ある元事務次官は言う。
「安倍首相は自分の気に入った官僚を引き立てるが、人事で官僚全体を統治する思想は薄かった。菅さんは能力があっても異を唱える官僚は飛ばす。人事による恐怖を官僚統治に使っている」
次官時代、恐怖の統治による負の側面を目の当たりにする。安倍政権が長くなるにつれ、部下から新しい政策が出なくなったという。官邸が政策そのものにダメ出しすることは以前の政権からよくあった。だが、安倍官邸では、政策そのものの評価にとどまらず、政策を提案した官僚個人についても「あれは駄目だ」と評価される、と官僚たちはささやきあった。
政策を提案して失敗すれば決定的なマイナス評価になる、それならば、無理に新提案をしなくてよい——。現場にはそんな空気が広がっていた。元次官は「減点主義で官僚たちが萎縮した」と語る。保身を図る官僚たちの心境を、あるOBはこう代弁した。
「『キジも鳴かずば撃たれまい』ということだ」