見えないものが見えてしまうワケ

あなたもたぶん、これまでになんらかの錯覚テストを試したことがあるだろう。

たとえば、赤い正方形を15秒か20秒くらいじっと見たあと、視線を白紙に移すと、少しのあいだ紙の上に青緑色のぼんやりした正方形が見える、といったテストだ。

この残像は、目の光受容体の一部を特別に集中して働かせ、疲労させた結果だが、ここで問題なのは、その青緑色はそこになく、あなたの想像の中にだけ存在するということだ。本質的に、それがあらゆる色の真実といえる。

また、脳は混沌の中にパターンを見つけ、秩序をつくり出すのが並外れて得意だ。それを示す、よく知られた2枚のだまし絵を取り上げてみよう。

隠されたダルメシアン犬〔左、出典=ビル・ブライソン『人体大全』(桐谷知未訳、新潮社)〕、カニッツァの三角形(右、画像=Fibonacci/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

左の絵は、ほとんどの人にはでたらめな黒い斑点にしか見えない。ところが、絵の中にダルメシアンがいると指摘されると、不意にほとんど全員の脳が欠落した輪郭を補い始め、全体の構成を意味のあるものにする。このだまし絵は1960年代からあるが、最初に誰がつくったのか、誰も記録に残していないようだ。

右のだまし絵には、きちんといわれがある。1955年にイタリアの心理学者ガエタノ・カニッツァがつくったことから、「カニッツァの三角形」と呼ばれる。

もちろん、実際には絵の中に三角形は存在しない。あなたの脳がそこに置いただけなのだ。脳がこういうことをするのは、できるかぎりあらゆる方法であなたを助けるよう設計されているからだ。しかし逆説的に言えば、脳は驚くほど当てにならない。

経験していないことを記憶している不思議

数年前、カリフォルニア大学アーヴァイン校の心理学者エリザベス・ロフタスは、暗示によって人々の頭に完全に偽りの記憶を植えつけられることを明らかにした。

幼いころデパートやショッピングモールで迷子になってひどいショックを受けたとか、ディズニーランドでバッグス・バニーに抱き締められたことがあるとか(そもそもバッグス・バニーはディズニーのキャラクターではないので、ディズニーランドにいるはずはない)。

ロフタスが人々に、まるで熱気球に乗っているかのように加工された子どものころの写真を見せると、被験者は多くの場合、突然その経験を思い出し、興奮気味に詳しい話をし始めた。誰ひとり、そんな経験はしていないにもかかわらず。

あなたは今、自分はそんなに暗示にかかりやすくないと思ったかもしれないし、それはおそらく本当だろう――そこまでだまされやすいのは約3分の1の人だけだ――が、この上なく印象深い出来事でさえ、誰もがときどき完全に記憶違いをすることが、別の形でも証明されている。

2001年、ニューヨークのワールドトレードセンターでの9.11同時多発テロ事件の直後、イリノイ大学の心理学者たちは、700人の人々から、事件を知ったとき自分がどこにいて何をしていたかについて、詳しく話を聞いた。

1年後、心理学者たちは同じ人たちに同じ質問をし、半分近くの人がかなり大幅に矛盾した話をしていることを見出した。事件を知ったとき別の場所にいたことになっていたり、実際にはラジオで聞いたのにテレビで見たと信じていたり、その他いろいろだった。

しかし、自分の回想が変化したことには気づいていなかった。

(わたし自身は、当時住んでいたニューハンプシャー州の家で、子どもふたりといっしょにテレビで事件のライブ映像を見ていたことをありありと思い出せるのだが、あとになって子どものひとりは当時イギリスにいたことを知った)