「使った、治った、だから効いた」論法の落とし穴

「イベルメクチンという特効薬がある。100人近くに使ったが、本当によく効く」
「体重60キロ以上の人なら4錠、それ以下の人は3錠を1回飲むだけ」
「イベルメクチンを飲んだ患者は、全員1人も死んでいない」
「アベノマスクのように、イベルメクチンを全国民に配るべき」

兵庫県でクリニックを経営する長尾和宏医師は今月10~12日、フジテレビ「バイキングMORE」や日本テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」に出演して、イベルメクチンを絶賛した。自宅療養を余儀なくされたコロナの患者たちに、イベルメクチンを投与して「よく効いた」という。現役医師による体験談は強い説得力がある。だが、そこには意外な“落とし穴”が潜んでいるのだ。

医薬品の承認審査に詳しい、日本医科大の勝俣範之教授が解説する。

「かつて薬は“使った、治った、だから効いた”という『3た論法』で十分とされていた時代がありました。しかし、実際は同時に服用した他の薬の影響や、患者の自己治癒力など、バイアス(偏り)が絡む可能性があると分かってきたのです(交絡因子)。現在のエビデンスレベルでは、医師の体験談(専門家の意見)は低いランクとなります。こうした経緯から、医薬品の承認には、多人数の患者を対象に行うRCT(※)という臨床試験によって、科学的な有効性の証明が必要となりました。確証もないのに、思い込みで薬を使うのは人体実験に等しい行為です」

提供=岩澤倫彦

100人の治療体験だけで特効薬とするのは早計

科学的根拠に基づいた医療=EBM(Evidence-based Medicine)が、世界的な主流となったのは1990年代以降。それ以前の医学教育を受けた世代の一部には、いまだに体験に基づく「3た論法」が幅をきかせている。イベルメクチンがコロナによく効くと主張している長尾医師は、1970年代後半から80年前半に医学生だった。

また長尾医師はイベルメクチン以外にも、抗生物質や解熱鎮痛薬も処方していると、テレビで述べている。そもそも新型コロナに感染した8割の人は、特別な治療をせずに回復することを考えると、100人程度の治療体験だけでイベルメクチンをコロナの特効薬として語るのは早計ではないだろうか。

(※RCT=研究の対象者を2つ以上のグループにランダムに分けて検証する臨床試験)