むろん1年延期になっても代表のままでいる選手もいる。しかし、あくまで少数だ。大半はやはり21年の春から初夏に決まる。結局、採寸、製作スタッフにとって負担は変わらないのだった。

「採寸=測ること」だけではない

本田は「採寸とは測ることだけではありません」と言う。

「単に寸法を測るだけでしたら、AIやオンラインで測ってもいい。しかし、わたしたちは選手のみなさんと対話することで服を作りたいのです。コロナ禍で、ひとりひとりが孤立しているからこそ対話しながら採寸したい。マスク、フェイスシールドをして測ります。対話から生まれてくるものがちゃんとあるんです。選手のみなさんに自信を持って着ていただける、自らが輝くことのできる服を作るにはお好みを直接聞くしかないのです」

採寸スタッフがあくまで対面を望んだのは、目を見て話をしたいから、それをやらずにはいられなかったからだ。

「やらずにはいられないからやる」

サービスの本質とはそれだ。スタッフは採寸を通して、代表選手たちに自分たちの接客、自分たちのサービスを感じてほしかったのである。

写真=AOKIウェブサイトより
AOKIが手がけた「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会日本代表選手団公式服装(開会式用・式典用)」。

選手団の格好が「どこかあか抜けない」…その訳は

作製が決まった時点では想像できなかったけれど、実際に選手のサイズを測ってみたら、課題が出てきた。選手たちの体型はいずれも一般人の標準体型とはかけ離れたものだった。

オリンピックの代表になるくらいだから選手の体は一般の人間よりも、必ずどこかの筋肉が発達している。柔道、レスリングのような格闘技、そしてパワーリフティングの選手は胸や肩の筋肉が発達しているし、腕も太い。

サッカー、ホッケー、陸上短距離選手は太ももとふくらはぎが発達している。マラソン選手はやせ型の標準体型に見えるけれど、実際に見ると、太もも、ふくらはぎは一般の人よりも太く、強靭だ。

格闘技選手のスーツを仕立てるとする。AOKIにある一般人の型紙を使おうとすれば上から下まで大きなサイズの寸胴デザインになってしまう。

また、マラソン選手の服をやせ型の型紙で作ったら、上着はフィットしたとしても、パンツはまるっきり入らない。既製の型紙では対応できないのがアスリートのスーツだ。

過去のオリンピックで開会式に入場してきた日本選手たちの服装を見ていると、奇抜だったり、どこかあか抜けなかったりするように感じることがあった。それはデザインの問題、デザイナーの技量と思っていたけれど、実はそれぞれの選手は体にフィットしない服を着ていた可能性がある。

サイズが合わない服、自分が気に入らない服を着ていると、外からの目にはだらしなく見えてしまうのである。