文系と理系の知が分断されている
番組のキャスターたちは文系出身者ばかりですから、NHKでも民放でも、専門家が言ったことに対してどう反応していいかわかりません。でも、「わかりません」と言うと無知と思われそうだし、うっかり質問すると「そんなことも知らないのか」と馬鹿にされるかもしれない。キャスターにもプライドがあるので、専門家の言うことがわからなくても「なるほど。ありがとうございました」とやり過ごす。そんなテレビでの震災報道を見ていて、「なんなんだ、これは!?」と思ったのです。NHKの水野倫之解説委員だけは、それまでNHKの科学文化部に所属して、原子力に関する取材を積み重ねてきましたから、安心して見ていられましたが、これは例外です。
そこではじめて、「そうなのか、日本ではこれほどまでに文系と理系の知が分断されているのか」という問題意識が芽生えたのです。
もちろん私自身も、この事故では急遽、テレビ番組に出演しました。ある番組で、某大学の工学部の先生が、放射線による影響について解説するさいに、「ヨウメン」「ヨウメン」と言うのです。聞きなれない言葉で何のことだろうと思ったのですが、そのときの文脈からおそらくそれは「葉面」のことだろうと推察した私は、すかさず「あ、ヨウメンというのは、葉っぱの表面のことですか?」と質問しました。すると「はい、そうです」と。その先生はさらりとかわしてまた難解な解説を続けようとする。私も負けじと、わからない言葉が出てくるたびに「それって、何ですか?」と、聞き続けました。
「理系のことは何もわからない」という劣等感
しかし、他のキャスターやアナウンサーであれば、「ヨウメンって何ですか?」とはなかなか聞けないでしょう。「ベクレルとシーベルトってこういう違いですね?」みたいなことも聞かない、聞けないわけです。背後には、文系の人たちは理系のことは何もわからない、という劣等感があるように思います。たとえば確率は文系にとっては苦手領域のようで、その話が出てくるともうチンプンカンプンだったりします。平時であれば事前にわかりやすい説明にしたり、註釈を入れたりといった準備ができますが、非常時の報道ではそうはいきません。原発事故が起きているさなかの報道で、放射能と放射線と放射性物質の違いもわからなかったりするのは、これはもう論外です。これではいかんと、心底思いました。
文系の人たちは、もっと理系のことを知らなければいけないし、理系の専門家の人たちも、もっと文系の人たちにわかるような説明ができなければいけない。文系と理系の知が分断されている状態は深刻な問題である、文系と理系はつながりを持たないといけないと、震災報道に接して問題意識を持つようになりました。
では、文系と理系の架け橋になるものは何かと考えたとき、それも知識を運用する力すなわち教養なのだろうと思うのです。