話は脱線するが、「優れた決定」とは、何らかの制約要因があってこそ生まれてくる。「何でも自由にどうぞ」という状況においては、判断要素が多すぎて、何も決まってこない。
「事業承継の期限」が設定されることによって、事業承継に関するすべてについて、制約要因が生まれてくる。だからこそ、諸々の対策についてスピードを上げていくことができる。
② 退任をする時期を明確にすることで、対策を逆算的に検討することができる
たとえば、5年後に引退するとすれば、そこから逆算して「現時点で何をするべきか」を決めていくことができる。将来の承継を現在に引き直して考えることこそ、事業承継をダイナミックに捉えるということだ。
オーナー社長であれば、役員退職金の金額について考えることもあるだろう。役員退職金は、節税効果も高く、自社株の評価を下げることもできるため、事業承継において必ず検討しなければならないことだ。
たいていの社長は、金額ばかり気にしているが、それでは「取らぬ狸の皮算用」ということになりかねない。自分が引退する時期を前提にしなければ、税理士が具体的な退職金を算定することもできない。また、具体的な退職金の金額が定まることで、財源の確保についても考えることができる。
役員退職金については、財源について悩むことが多い。周囲からは「できるだけ役員退職金を取ったほうがいい」とアドバイスされる。もちろん、退職金は多いに越したことはないが、先立つだけの資金がないというのが社長の悩みだ。
また、業種によっては、特別な配慮を要するときがある。たとえば、建設業では、公共工事の入札に入るために、財務状況の審査がなされる。いわゆる「経審」と呼ばれるものだ。社長は、多額の役員退職金を取ることで貸借対照表が傷つき、経審に影響することを危惧し、退職金について抑制的な場合もある。
このように、退職金ひとつにしても、できるだけ早い段階から計画を立てておかなければならない。
③ 退任の時期が公表されることで、後継者、社員の目の色が変わる
会社が変わっていくということが現実的なものになり、緊張感が一気に広がる。後継者の不安は「いつ自分が社長になるか」がわからないことだ。先もわからないままひたすら日々の業務をこなすというのは、精神的にも滅入ってしまう。
これが「数年後には自分が社長になる」とわかっていれば、日々の業務の見え方すら変わってくる。すべてにおいて「自分が社長になれば」という視点で考えながら業務をこなすようになるからだ。
思考があってこそ、作業が仕事になる。社員にしても、事業承継の時期が決まれば、「この会社はこれからも続く」という安心感につながる。社員にとっては、会社が存続することこそ、もっとも大事なことだ。いくら理念や夢を語られたとしても、会社が消滅すれば暮らしていくことができない。