「もう一度マウンドに立ってみないか」
「GOLDWELL」を運営するキセキノ会長として石川氏と百貨店の挑戦を支えた金井孟氏(58)は、「ケーキの見た目も味も一発採用。石川くんの人柄も好感がもてた」と振り返る。東京や名古屋、沖縄などで8社の企業経営に携わり、過去には二度の上場経験も持つ。石川氏とは19年11月、事業再生を支援する神戸の老舗洋菓子店の商品開発企画を通して知り合った。
「これまでやってきた延長線や価値観では成り立たなくなった今だからこそ、百貨店出店のきっかけをつかめた。百貨店がIT化しなければ生き残れないと言われた中で、リアルとネットに通じた石川くんとおもしろいことができれば、業態自体の変革に一石を投じることができるかもしれない」。金井氏はこう考えた。
注目したのは、石川氏の豊富な実務経験の「基礎体力」に、動画コンテンツの編集・配信という「跳躍力」を掛け合わせた、石川氏本人の拡張性ある個性の魅力だった。
「いつまでもブルペンで投げてないでもう一度、リアルのマウンドに立って生きた証しを残さないか」。金井氏の口説き文句に、「胸をつかれた思いがした」と石川氏はいう。
YouTubeの経験がここで生きた
百貨店の売り場を「メディア」としてとらえ、ネット空間とリアル店舗の相互で顧客との接点を掘り起こし、その反応を商品開発やイベント企画のアイデアに転換していく。この計画に、石川氏はふたつ返事で応じた。久しぶりの登板に、腕が鳴った。レシピ動画の反応に接していたため、どんなケーキが喜ばれるか、お客がどんな味を欲しているか、すぐに候補が浮かんだという。
金井氏が開業に投じた資金は約3000万円。20年12月にキセキノを設立、コンセプト作りやロゴ、売り場のデザイン設計、包材発注、採用など突貫の中の突貫で推し進め、今年3月5日、デパートリウボウ一階に「GOLDWELL kisekinosweets(ゴールドウェル・キセキノスウィーツ)」がオープンした。
業界では“常識はずれの”働き方
売り場の背後にキッチンを併設した9坪のスペース。大阪に住む石川氏は沖縄の店舗に赴きつつ、オンライン会議を通して遠隔指導するという、業界ではユニークな“出勤”を続けている。Zoomなどを通じて沖縄のメンバーとつながり、製造工程、厨房運営の全体を指揮するほか、動画コンテンツも制作している。
看板商品はキセキノチーズケーキ(3780円、税込)。県内で感染が急拡大するまでは連日のように目当ての客が行列を作った。ゴディバやアンテノールなどの“常連”がいるにもかかわらず、5月の売り上げはフロア全体で2位につけ、着実に知名度を上げている。