石川氏のグランドデザインを基に、沖縄の製造現場で舵取りを担うのは、石垣島出身のパティシエ、大工真理枝氏(38)。大阪市内の人気ケーキ店の製造や、チョコレート専門店での販売経験を経て、帰郷のタイミングで新店舗の採用に巡り合った。
実は、入社前から石川氏のレシピ動画のヘビーユーザー。「できる限りの難しい工程を省き、これ以上簡単なレシピはないと思うほどの内容で、本当に驚いた」。伝統的な菓子づくりの緻密さを知るからこそ、「伝える」「学ぶ」の両方の側面から、石川氏のレシピ動画の「すごさ」を実感するという。
その石川氏が現場に託した、商品レシピと生産オペレーションのシンプルさもまた、“常識はずれ”なものだった。製造は当日の受注、販売分のみで、数日かかるような仕込みや複雑な工程がない。定時帰宅、連続休暇もかなえられた。
前職で心身ともに疲弊し、現場から遠ざかったこともあるが、「ここなら、好きな仕事を続けられそう」。従来のパティシエ像を、自らの働き方で塗り替えようとしている。
異例の速さで伊勢丹に初登場
GOLDWELLは5月19日から1週間、開業から2カ月半という速さで東京・伊勢丹新宿店の催事に初登場した。緊急事態宣言で百貨店が営業範囲のさらなる縮小を余儀なくされたタイミング。10店舗の中で唯一、1日の売り上げが40万円に達し、全期間の合計販売額でもトップになった。1位の結果は次のステージの呼び水になる。7月以降、年内だけですでに東京、大阪、名古屋の3つの百貨店で催事出店を予定している。
平行して、大阪の石川氏のアトリエでは、新商品の試作が続く。少しでも無理をすると、体調を崩してしまう状況に変わりはない。だが、制約がある中においても、やりがいと得られる反響の大きさは「今までにない感覚」だと石川氏は言う。
同社は2年後に売上高10億円、営業利益1億円を目指す。不測の時代に、手に職つけたプロフェッショナルが活躍できる一つの先例となるか。基礎となる「職人技」を体得しつつ、働き方の変化に耐えうるテクノロジストを育てることもまた、石川シェフの「最重要ミッション」となりそうだ。