【マライ】私が勤務しているZDFを含めて、近年はウイグルの人権問題に関係した番組が頻繁に作られていますし、知識人を中心に懸念を覚える人も多くいます。ただ、この件はドイツにとっては難しい問題でもあります。
【安田】どういうことでしょう?
【マライ】アウシュビッツのように、完全に過去の自国の問題であれば、歴史にどう向き合ってどう消化するべきかの枠組みがきっちりと示されているので対処できるのですが、中国の強制収容所となると……?
各国が中国を批判する文脈のなかで、ナチスの問題が不意打ち的に蒸し返される形になりますから、ドイツ人にとってはかえって反応に困る部分もあるかもしれません。
ナチスと中国共産党の類似点
【安田】ウイグル問題と並ぶ懸念が香港です。
2020年6月30日に北京の中国政府が、香港に向けて国家安全維持法を施行した際、ドイツのメルケル首相の批判のトーンは抑制的でした。
人権大国のドイツらしからぬ鈍い反応は、自動車産業など中国と関係が深い業界からの圧力や、メルケルの産業界に対する忖度が反映されたのでしょうか?
【マライ】自動車業界の発言力は非常に強いですし、間違いなくそうした構図はあったと思います。
ドイツは近年、中国に対しては経済と人権の板挟み。「人権大国」だから、中国の人権問題に何も言わないわけにはいかないけれど、強いことばかり言うわけにもいかない。近年、ジレンマが徐々に顕著になってきた気がします。
【安田】私は近年の中国と往年のナチス・ドイツの比較に関心を持っています。
仮に目下の香港政策をナチスのズデーテン併合になぞらえるなら、次にやってくるのは「ポーランド侵攻」(=台湾侵攻)ではあるまいか。何度か示された危険な兆候を、国際社会が黙認すれば、対外拡張主義がさらに暴走して取り返しがつかないことになってしまいます。
【マライ】ああ、確かにすごく似ていると思います。国際社会が何も言えず、臭いものに蓋をしたことで、結果的に黙認のメッセージを送ってしまうという。メルケル首相が香港問題に強く抗議しなかったことは、実は私も驚いたんです。
2014年にロシアがクリミア半島を強引に併合した際(クリミア危機)、この手の紛争のときはドイツが積極的に発言して、ブレーキをかける必要があると学んだはずだったのですが……。
足並みがそろわないEUと、着実に対外拡張を進める中国
【安田】約80年前、イギリスのチェンバレン首相は、ナチスのズデーテン併合に宥和政策を取ったことで、後世の批判を受けることになりました。
現在、中国が香港問題をめぐって往年のナチスとよく似た立ち位置にいるとすれば、さらに歴史の皮肉を感じるのは、往年のチェンバレンの宥和政策のポジションに、いまやドイツのメルケルが座っていることでしょう。
【マライ】その通りですね。ドイツのトップが対中国や対ロシアについて物を言うときは、現状ではEUの枠組みのなかで動かざるを得ないのですが、クリミア問題でもブレグジットでも、EUの足並みはそろいませんでした。
中国もこうしたEUのまとまらなさを知ったうえで、大胆に動いている面はありそうです。これは日本で暮らすドイツ人の目から見ると、大きな懸念ですね。