「起業家は偶然の産物ではなくなった」

シリコンバレーが誕生してからおよそ半世紀たっている。なぜシリコンバレーに追い付き、追い越す勢力がなかなか出てこないのか。ひょっとしたらヒーロー物語をまねしようとして失敗しているのではないのか。

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スタンフォード大学のキャンパス。(※写真はイメージです)

この点でヒントになるのが著名経営学者ジム・コリンズの言葉だ。『ビジョナリー・カンパニー』シリーズで知られる彼は、かつてスタンフォード大学で起業論を教えていたこともある。何年も前に私とのインタビューで次のように語っている。「シリコンバレーが大成功したのは起業家モデルを構築したこと。これによって偉大な起業家は偶然の産物ではなくなった」

起業家モデルとは、スタンフォード大を中心に形成された起業エコシステムのことだ。これによってシリコンバレーは天才起業家の誕生を待たなくても、イノベーションを起こせるようになった。運に左右される「ヒーローモデル」から脱却したと言ってもいい。

産学連携の原点となった「遺伝子組み換え技術」の商業化

その起業エコシステムを支えている人々こそ、「見えざるヒーロー」である。ベンチャーキャピタリスト、エンジェル投資家、ベテランビジネスマン、科学者、弁護士、PR専門家――。イノベーションの担い手は、ヒーロー物語に出てくるはだしの若手起業家とは限らない。

トラブルメーカーズ』の中に登場する「見えざるヒーロー」はマークラも含めて7人だ。インターネットやパソコンの礎を築いたボブ・テイラーもいれば、世界初のバイオテクノロジー企業を立ち上げたボブ・スワンソンもいる。ソフトウエア業界の先駆者が女性起業家――サンドラ・カーツィッグ――だという事実にも驚かされる。

著者のレスリー・バーリンは7人についてそれぞれの人生も含めてカラフルに描いている。この点では彼女の取材力・文章力が光っている。2005年にはインテル共同創業者ロバート・ノイスの伝記を書き、高い評価を得ている。

バーリンはスタンフォード大で博士号を取得した歴史学者だ。本書執筆に際しても専門家らしい手法で体系的に情報収集している。(1)さまざまな関係者から未公開の私的資料やメモを入手、(2)文書保管所で大量の資料やインタビュー記録を精査、(3)6年かけて70人以上の当事者に個別インタビュー――である。

起業エコシステムという点ではスワンソンの物語はとりわけ興味深い。ここに産学連携の原点があるからだ。大学で生まれた研究シーズがスタートアップへライセンス供与され、社会へ広く還元される仕組みが出来上がったのである。スワンソンが目を付けた研究シーズは遺伝子組み換え技術だった。

産学連携のスケールは驚くばかりだ。例えば、スタンフォード大が保有するグーグル株の時価は3億3600万ドル(円換算で360億円以上)に上る。同大が検索アルゴリズムをグーグルへライセンス供与した見返りに、ロイヤルティー(特許使用料)としてグーグル株を受け取っていたからだ。補足しておくと、日本の大学にはロイヤルティーとして株式を受け取るという発想さえもない。