育った家庭で「観るテレビ番組」も違う

余談ですが、知り合いからこんな話を聞きました。ある大卒の女性が高卒の男性と恋愛結婚して一緒に生活し始めた後で、初めて気づいたことがあったそうです。それは、「観るテレビ番組が違う」ことです。その男性は正社員として頑張って仕事をしている真面目な人ですが、観るテレビはお笑い芸人が出てくるバラエティ番組ばかり。

一方女性のほうは、クイズ番組やNHKのニュース番組を見て育ったタイプ。彼女がクイズ番組で、「この答え、わかった」と言ったら、夫に「よく知ってるね」と感動されたそうです。子ども時代にどのような家庭に育ったかで、成長してからも興味や関心の領域が違ってくることをまざまざと感じさせられたエピソードです。

最近の日本では、実践的な英語教育の重要性が叫ばれるようになり、小学校から英語の授業が始まっています。しかし語学を身につけることは水泳のような運動と一緒で、いくら畳の上で泳ぐ真似をしても泳げるようにはならないように、どれだけ本物の外国語に触れているかが最も重要です。学校の授業で1週間に2~3時間学ぶぐらいでは、英語は決して身につきません。やはり、普段の日常生活でどれだけ英語に接しているかが決め手になるのです。

親が仕事で英語を使っていたり、帰国子女で幼い頃に外国で生活していたりする人は、そういう点で圧倒的に有利です。英語を話すことが当たり前の環境で育つと、自分も「当たり前」に適応するために自然に頑張るのです。

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「親の格差」は「子どもの教育格差」につながる

昨今わずか20年程の間に、日本では経済のグローバル化が急速に進みましたが、早くからその潮流を見抜いていた家庭の子どもとそうでない子どもとの間では、英語力に圧倒的な差があるのは当然です。「英語は話せて当たり前」という家では、幼い頃からバイリンガル教育に力を入れますが、親自身が英語の「え」も話せない家では、そもそも「英語が大切になる」という発想すら浮かびません。英語力もまた、学校の学習では到底追いつかないぐらいの「格差」が拡大しつつあるのです。

現在、オンラインで仕事ができる人々は、IT企業をはじめとするオフィスで働くホワイトワーカーが中心です。実際には、どんなに工夫してもテレワークできない業種のほうが、日本では圧倒的に多いのが現実です。パンデミック下においても、一部の家庭だけが充実した教育を子どもに受けさせることができたのに対し、そうでないほとんどの家庭は、子どもの教育機会を減らす結果になってしまったことは否めません。新型コロナウイルスは、親の格差が子どもの教育格差につながる実態をも浮き彫りにしたといえるでしょう。

このように、コロナ禍が顕在化させた親の状況による教育格差を、公的に埋める手だてを考える時期に来ています。