脳が子育てに適した状態になるのは四十代

【中野】人間は身体と脳の発達のバランスもあまりよくないですよね。身体が生殖に向いているのは二十代かもしれないけれど、脳が子育てに適した状態になるのは四十代ぐらいだということを示すデータがあります。

内田也哉子・中野信子『なんで家族を続けるの?』(文春新書)

【内田】そうなんですよ。だからもし、子どもたちに聞かれるようなことがあったら、結婚はあまり早くしないほうがいいと言おうと思っています(笑)。中野さんは、子どもを欲しいと思ったことはあるんですか。

【中野】思ったことはなくはなかったけど、結婚したらダンナさんとの時間のほうが大事になって、あまり子どもを欲しいと思わなくなってしまった。

【内田】もっとストイックなポリシーがあるのかなぁ、なんて?

【中野】あると言えばある。でもちょっと言いにくい。

【内田】できれば聞いてみたいなぁ。何も深く考えず流れに身を任せ、三人も子どもを作った者としては。

【中野】私のように社会通念に対していつも疑問を持っていて、それに対してアンチの気持ちを忘れずにいる人間の子どもなんて、絶対犯罪に走るのではないかと思って。

【内田】そ、そんな……。きっと感受性が強くて理知的な人だからこそ、そこまで深く客観性を持っていられるのかな。私はつくづく鈍感だったし、二十歳そこそこで、生殖と社会について何も考えていなかったなぁ、恥ずかしながら。

【中野】いやいや。考え過ぎると子どもって作れないようになっているから。恋愛をするときは理性が働かなくなるでしょ。「この人好きだな。この人の子どもが欲しいな」と思うのは、理性と違うメカニズムが働くんですよ。

人間は理性を働かなくさせるという有性生殖の仕組みを何万年も保っているのにもかかわらず、それでも理性も大事という。でも、理性偏重では子どもを作らない個体が大多数になってしまう。子孫繁栄を考えるのなら、なぜ理性のほうが大事だと多くの人は考えているんだろう。私はこれがずっと不思議なんですよ。

母親がお腹を痛めない出産

【内田】中野ワールドの理想の子どもの産み方は?

【中野】それはこれです。フォトニュースを送りますから、見てみてください。

【内田】米フィラデルフィア小児病院で「プラスチック製『人工子宮』でヒツジの赤ちゃんが正常に発育」。うわ~、羊の胎児が真空パックみたいになっている。人工子宮のバイオバッグに合成羊水と一緒に密閉されていますね。つまり?

【中野】百年後ぐらいになるかもしれませんが、ヒトの人工子宮もいずれ実用化されるでしょう。つまり私は、ヒトは自分の身体を使って子どもを産まないほうがいい、というかなりラディカルな考えなんです。こうすれば、親子がお互いに過剰な愛着を持たずに済む。愛は、環境が整わないうちは人類にとって子育てに有益なものだったけれど、人類は環境をかなり整えて、テクノロジーも発達させた。現代はもう、愛が毒になる時代が到来しつつある、と考えているんです。

【内田】わぁ、なんとも興味深い!

【中野】こういうことを言うと、也哉子さんはすごく知的に柔軟な人だから聞いてくれるけど、そうでもない人に言うと「子どもを産むというのは特別な経験よ」とまあ軽く五時間ぐらいは怒られてしまうでしょう(笑)。べつに産むな、育てるなと言っているわけではないんですが。向いている人もいれば向いていない人もいるのだから、無理して愛をこじらせ、親子共に苦しむくらいだったらテクノロジーを利用したらいいのでは、と言いたいんです。

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