「我々は異なる」というのは幻想だ
当然ながら、シリーズと本は同じではありません。私たちには自問自答すべき疑問があります。シリーズを自分の物語と思った人、本を自分の物語と思った人、なぜか両方に繋がりを見出した人もいるでしょう。でも結局のところ、私が主張する普遍的なものは、そういうものとは異なります。説明しましょう。私たちが信じてきた、もしくは、長いこと信じたいと思ってきたことがあります。
それは「私たちとは異なる人生を送って来た人には、何かユニークで何か異質なものがある」という考えです。そうした神話が揺らいでいる段階に私たちはいます。「アンオーソドックス」は、単なるそのプロセスの一部だと思うのです。私たちが生きている今という時代は、「違い」「よそ者」といったすべての神話が崩壊しつつあると思います。結局のところ、私たちが信じこまされてきた「我々は異なる」という考えは、嘘とか幻想のようなものなのです。
異なる国の女性たちが「私の物語」と認識して繋がりだした
これは多くの人にとって脅威だと思います。疑いの余地はありません。というのも、そこには何かしらの解放があるからです。単に、物語を見たり読んだりするうちに「ちょっと待って、これは私の物語で、私は世界の半分でしか生きていない」と認識することだけでなく、「繋がる」ことで解放が得られると思うんです。全世界の人々と繋がることで、「ちょっと待って」と動きを止め、その中に誰もが自分自身を見ることができる。それこそが今起こっていることです。
突然、私の物語があらゆる場所で爆発的な支持を得て、30言語に翻訳され、異なる国、異なる文化、異なる言語を話す女性たちが、繋がりました。2~3世代前には非常にローカルな場所にとどまっていた物語が、今、この瞬間を生きる世界中の女性たちに届いたのです。それは、認識以上にエキサイティングだと思います。というのも認識は……そう、私たちがより大きな認識の一部だということを理解できたということですから。