女性は“産む機械”として多産を求められる
ユダヤの人々にとって、子孫繁栄はホロコーストで失われた600万人をとりもどす戦いであり、ヒトラーに対する究極の復讐でもある。そのことの意味は計り知れないほど重い。
ただし、そのために女性に課せられる負担もまた計り知れない。デボラの祖母が11人の子供を産み育てたように、ハシド派では女性が多産を求められ、“産む機械”と揶揄される。避妊は許されず、子育てに邪魔な教育や読書は不要とされ、自立の術は与えられない。
異質で旧弊な世界の、不自由を強いられた女性の話として本書を読むこともできる。けれども“産む機械”というのは、あまりにも聞き覚えのある言葉だ。
抑圧は女性に対するものだけではない。ここに語られるサトマール派コミュニティは独自の救急隊や自警団や教育機関を運営するほど固い結束を誇る集団で、うまく順応すれば安心と一体感をもって暮らすことができる。だが和を重んじるあまり秩序に異を唱えることを許さず、つねに互いを監視しあっているため、そこになじまない人間には生きづらい場所でもある。その閉塞感をわたしたちは他人事と言い切れるだろうか。
生きづらさを抱える人に「声をあげる」大切さを教えてくれる
苦労の末に息子を出産し、デボラは覚醒した。大学へ通うことで自立と自由への大きな一歩を踏みだしたのだ。離婚を決意し、コミュニティを抜けてから3年が過ぎた2012年、発表した本書は大きな注目を集め、ニューヨークタイムズ・ベストセラーリスト入りを果たした。そのせいで刊行当初はコミュニティや家族からの激しい非難にさらされたというが、その後、元夫もコミュニティを抜けて別の女性と再婚し、現在はデボラや息子とも良好な関係を築いているそうだ。
わたしはまだ20代に入ったばかりだ。10年先にはすごいことが起きているかもしれない──デボラがそう書いたとおり、2020年、本書を下敷きにしたNetflixのドラマシリーズ《アンオーソドックス》が配信され、世界中で話題を呼んだ。今年度のエミー賞8部門にノミネートされ、マリア・シュラーダー監督がリミテッド・シリーズ部門の監督賞を受賞している。
スタッフ、キャストが制作秘話や作品について語った同じくNetflix作品『アンオーソドックス──制作の舞台裏──』のなかで、主演のシラ・ハースがこの作品のテーマは“声を持つこと”だと語っている。その言葉のとおり、本書は生きづらさを抱えるすべての人に、声をあげることの大切さを教えてくれる。そして、いまいる世界がすべてではなく、苦しければ逃げてもいいのだと背中を押してくれる。