こっそり看護学校を受験し、離婚準備を整えた

はじめて彼女に会った時、失礼ですが、「生気がない」というのはこういう人のことを言うんだと思いました。好きなことをすべて封じられ、夫にがんじがらめにされている状況が彼女の心身を蝕んでいることは明らかでした。救いは、神山さん自身が自分の状態を「異常」だと認識していたことでしょう。

そんな頃、自分と同じように乏しい経済力ゆえに不幸な結婚生活を続けざるを得ない友人の話を聞き、神山さんは「このままじゃ嫌だ!」とはっきり感じたそうです。これがきっかけとなり、彼女は一念発起して看護師を目指しはじめました。

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夫に見つかっては道が閉ざされると、彼がいない間や寝静まったタイミングに勉強を重ね、高倍率の、社会人枠のある学費の安い公立看護学校に見事合格。学費は自分のへそくりと親から借金をして捻出し、入学と同時に実家に戻ります。

それまで一切、何も聞かされていなかった夫は大・大・大激怒。何度も実家にやってきて彼女を連れ戻そうとしたそうです。実力行使のみならず、LINEや手紙で泣き落としをしてくることもしばしばで、彼女も相当、揺れていました。それでも、若者にまじって一生懸命勉強することで、夫への未練を断ち切ることができたそうです。

神山さんは看護学校の3年課程を終え、見事、国家試験にも合格。病院で職を得ると同時に離婚も成立しました。「30歳にしてはじめて自由になりました」と語った彼女は、5年がかりで自力で苦しみから脱出したのです。

経済的依存で夫婦が支配関係になってしまった

神山さんの話は私にとってひとごとではありません。というのも私も若い時に結婚に失敗し、シングルマザーになった経験があるからです。

20代の頃の私は、「女は男の人に養ってもらうもの」という意識でいました。当時はそういう感覚の友人も多かったので疑問に思うこともなく、結婚後は正社員を辞めて派遣社員として働いていました。

しかし、夫婦間の経済格差が大きくなればなるほど、「お前はたいして稼いでないでしょ」「俺がいないとお前はダメだもんな」といった夫の言葉に支配されるようになっていきました。「旦那に稼いでもらおう」という私の経済的依存心が、夫婦間に支配の構図を生み出してしまったのです。

そんな関係性の不健全さに辟易としていた私は、虎視眈々と起業して経済的自立を目指していました。徐々に彼と肩を並べるくらいの収入になると夫は私をコントロールできなくなり、関係性は終わりを迎えました。