1960年代は「鉛筆と消しゴム」で計算する時代だった

しかしあらためて、これは衝撃的なデータだとは思いませんか。1960年代といえば、通信手段は電話、電報、郵便に限定されており、ファクスはおろかまだコピー機や電卓すらなかった時代です。

1970年に打ち上げられたアポロ13号の事故を題材にした映画「アポロ13」には、致命的な事故を起こした宇宙船の中で、トム・ハンクス演じる船長のジム・ラヴェルが軌道の計算をやり直すシーンが描かれていますが、船長が計算に用いていたのは「鉛筆と消しゴム」で、検算を頼まれた地上のエンジニアが用いていたのは計算尺でした。当時の計算機は非常に重く、遅く、高価だったので、複雑な数理計算を日常業務としているNASAですらほとんど電卓は使わず、たんぱく質でできた汎用計算機、つまり「脳」に依存していたのです。

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そのような「ないない尽くし」の時代における生産性の上昇率と、ファクス、コピーはもちろん、携帯電話、メール、メッセンジャー、電話会議システム、コンピュータ、プレゼンテーションソフト、表計算ソフトなどのテクノロジーで武装されるようになった2000年代以降の方が、生産性の上昇率はずっと低いのです。

「異常な状態」から「正常な状態」へ戻りつつある

インターネット関連のテクノロジーが私たちの仕事現場に実装されるようになった1990年代の後半以降、私たちの働き方は激変したように感じられ、結果として生産性も大きく改善したように思われますが、実際のチャートを見れば、そのような「武装」には鈍化するカーブを変えるような効果がほとんどなかったことが読み取れます。

日々、進化を続けるテクノロジーを活用しながら、私たちは必死になって労働生産性を高めるために努力を積み重ねているわけですが、であるにもかかわらず、なぜ労働生産性上昇率が長期的に低下しているのでしょうか。

この問いに対して、ノースウェスタン大学経済学教授のロバート・ゴードンは「低下しているのではなく、正常に戻っているだけだ」と回答しています。ゴードンの指摘は次の通りです。すなわち「1960年代のような高い生産性、高い成長率は、決して資本主義の通常状態ではなく、むしろ人類史的に見て極めて特殊な空前絶後の異常事態だった」と。つまり、労働生産性上昇率は「低下している」のではなく「かつて異常に高かったのが、通常の状態に戻りつつあるだけだ」というのですね。