「お客さんと距離が近い仕事ってこんなに楽しいんだ」

お店はまだ先の話と思っていた森さんは、「ええ⁉」と驚いた。実は、店を開いたほうがいいと助言されるのは2回目だった。

最初にイベントした日の夜、関係者と打ち上げをした大阪・新町のバーのオーナーにも「雑穀使ったおはぎなんて、もう数年後には誰かにまねされるで。とにかく早く店出し。場所代とかいらんから、うちのお店の前で売り」と言われたのだ。

オーナーの言葉に背中を押され、「物は試し!」と、2010年4月から 毎週月曜の昼間にバーの店頭でおはぎの販売を始めた。

路上販売は、あらかじめ周囲に告知できるイベントと違う。買ってくれる人がいるのかなと不安と期待を抱きつつ、自宅でつくったおはぎをクーラーボックスに入れて電車で運び、店先に小さなテーブルを出して、販売を始めた。毎回4種類、60個以上のおはぎを持って行った。

昼間はそれほど人通りの多い場所ではなかったが、すぐに毎回完売するようになった。毎週買いに来てくれる人もいた。

「イベントってやっぱり知り合いが多いけど、路上販売のお客さんはほとんど知らない方じゃないですか。だから、自分がつくったものがこんな喜んでもらえるという反応を直に感じられて、すごく嬉しかったですね。お客さんにとっても、つくった人が売ってるってわかりやすいし。お客さんと距離が近い仕事ってこんなに楽しいんだなって思いました」

その4月の末に神戸のアクセサリーショップが主催するマルシェがあり、この時は父母、弟ふたりと家族総動員でおはぎを400個用意。それも飛ぶように売れていき、1時間半でなくなった。

実はこの時、まだ週2日のパートタイムの仕事を続けていたのだが、「ほんまに早く店をオープンしなあかんかな……」と考えるようになっていた。

背中を押した女将さんの言葉

店を開きたいと家族に話すと、父親や弟たちは応援してくれたが、母親だけは「ええ⁉ そんなんやめとき! 商売できんの? やったこともないのに!」と心配そうだった。

それでも森さんの決意は変わらず、それから急ピッチで準備を進めた。

店を開くためには、まず場所を決める必要がある。最初は大阪のなかでも繁華街に店を出そうかと考えていたそうだ。ただ、ひとつ百数十円のおはぎを売る店にしては家賃が高く、やっていける自信がなかった。

岡町在住の森さんは、地元の桜塚商店街にある行きつけの居酒屋で、女将さんに相談した。すると、「うちの前のお店、ちょうど空いたで。ひとりで始めるにはちょうどいい大きさや」。

灯台下暗し。考えてみれば、自宅から近いほうが楽に違いない。森さんはその物件に興味を持った。ただ、母親の反対だけが気になっていた。それを女将さんに打ち明けると、女将さんはこう尋ねた。

「今、自分の周りにいろんな人のパワーが集まっているように感じない?」
「感じます」
「それなら、今しかないわ。そういうことが人生で一度も起きない人もいるのよ」

この言葉に背中を押され、翌日、すぐに不動産屋に連絡して、物件を見に行った。その瞬間、「ここや!」と直感。その日のうちに契約することを決めた。