民主党政権から一貫して官邸にいる人材

【手嶋】安倍政権は、右派のイデオロギー色が濃いこともあって、民主党と縁の深い人材は登用しなかったと思われがちです。現に藪中三十二やぶなか みとじ元外務次官などは民主党政権に仕えた人として安倍政権ではまったく登用されませんでした。しかし、ちょっと意外な事実なのですが、安倍総理から重要な役割を任されている人材のなかには、民主党政権から一貫して官邸で仕事をしている人たちがいます。

その筆頭が北村滋内閣情報官(当時)で野田佳彦内閣に仕えています。さらに内閣府で宇宙を取り仕切っている宇宙政策委員会の葛西敬之(JR東海名誉会長)・松井孝典(東大名誉教授)の正副委員長コンビもそうです。ちなみに、菅総理は、北村氏はむろん、葛西、松井の両氏も、引き続き「菅機関」の重要メンバーとして引き継いでいます。

【佐藤】ええ、その点では、今井氏は資源エネルギー庁の次長として、民主党政権で東日本大震災後のエネルギー供給確保に奔走していました。今井氏は、菅官房長官としばしば対立したこともあって、官邸には内閣官房参与として残りましたが、影響力は限定的です。

北村氏や今井氏は、選挙という民主的な手続きで国民から選ばれた時の政権に仕えているのであり、総理個人に奉職しているわけではないという意識を持っているんだと思います。まさしく「首相機関」たるゆえんです。

米中対立の板挟みになっている日本

【手嶋】安倍政権の後期に入ると、外交分野ではまず日中関係に変化があらわれました。日中平和友好条約の締結からちょうど40周年に当たる2018年10月、安倍総理は、じつに7年ぶりに中国を訪れ、習近平国家主席ら中国側首脳らと会談しました。釣魚台で催された歓迎の宴は、それまでの冷たい日中関係を考えると意外なほど温かい雰囲気で行われました。

習近平主席もじつにリラックスした様子で、日中関係がよくなっていることを窺わせました。この時、習近平氏は「政治権力を目指すには、党組織に入ってそれを拠り所にせざるを得ない。中国は一党独裁なので、自分は中国共産党に入ったが、アメリカに生まれていれば共和、民主いずれかの政党に入ったことだろう」と発言して、陪席していた中国側の要人を戸惑わせました。

この時、安倍総理が「では日本に生まれていれば自民党に入ったんですね」と応じて笑いを取ったほどに和やかな雰囲気でした。習近平主席が日本へ招待されたのもこの時でした。「桜の咲くころに」と応じたといいます。

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【佐藤】20年4月に予定されていた習主席の国賓としての来日は、新型コロナの影響で延期になりましたが、もし実現していれば政治文書も交わされ、日中関係の安定ぶりを世界にアピールしたはずです。

【手嶋】日本の外交当局は、アメリカ政府には、かなり念を入れてこの訪中の様子をブリーフィングしたのですが、トランプ政権内の対中強硬派の受け止めは冷ややかでした。米中の対立が険しくなっているなかで、「習近平の微笑」は、日米同盟にくさびを打ち込もうという意図が見え見えだと受け止めたからでしょう。日中の関係改善を喜んでいる節は窺えず、その基調はいまに至っています。