減っているからといって増やせばいいわけではない
そもそも、「NADは加齢に伴い減少するため、NADを増やせばアンチエイジングの効果がある」というのは仮説にすぎません。減少しているから補えばいい、という安直な考えは時に危険です。
実例で説明するのがわかりやすいでしょう。鉄は赤血球に含まれているヘモグロビンの材料であり、鉄分が不足すると貧血になることはよく知られています。
鉄欠乏性貧血では、血液検査で血清中の鉄の数値が低くなります。ただ、血清鉄が低下している貧血がみな鉄欠乏性貧血とは限りません。
「慢性疾患に伴う貧血」でも同じように採血検査で血清鉄が低下し、基準値以下になります。しかし、貧血の原因である慢性疾患をそのままにして鉄だけ補給しても貧血はよくなりません。人間の体は複雑で、検査で数字が低いからといって補充してやればいいという単純なものではないのです。
よくならないだけならまだしも、減少している成分の安易な補充はかえって病気を悪くすることもあります。慢性疾患に伴う貧血の原因は、感染症や自己免疫性疾患などの炎症ですが、鉄剤の補充はこれらの疾患を、とくに細菌による感染症を悪化させます。
ヒトが進化してきた環境では細菌感染症はありふれた病気で、体は病原体に対する対抗手段を発達させました。
鉄はヘモグロビンの材料であると同時に、細菌が増殖するために必要な資源でもあります。炎症が起きると鉄の吸収や利用が抑制されるのは感染症に対する体の防護反応だと言われています(※5)。
体を鉄不足にすることで貧血にはなりますが、細菌に対しては兵糧攻めになります。いわば肉を切らせて骨を断つ、といったところでしょうか。細菌が利用できないようせっかく体が血清鉄を低く保っているところに鉄を投与すれば感染症が悪化してしまいます。
がんを悪化させる可能性も指摘されている
ひるがえって、加齢に伴うNADの減少はどうでしょうか。
NADの低下が加齢の原因であれば、NADを増やすNMNサプリメントはアンチエイジングの有益な作用があるでしょう。
しかし、血清鉄の減少が感染症に対する適応的な反応であるのと同様に、NADの減少が何らかの有害な現象に対する適応的な反応であれば、NMNサプリメントの摂取はかえって害をもたらします。
サプリメントを売りたい人たちは言及しませんが、NADを増加させるとがんを悪化させる可能性が指摘されています(※6)。
がん細胞はエネルギーを酸素に頼らない代謝経路に依存し、NADはその代謝経路でも重要な役割を果たしています。がん細胞によってはNADを合成する酵素が過剰に発現していて、細胞内のNAD濃度が高いことがわかっています。
また、NADを合成する酵素を阻害するとがん細胞の増殖が抑制されます。がん治療薬の候補として、がん細胞のNADを枯渇させる物質が研究されているぐらいです。