ヒトに対する実験も十分なものではない

動物実験では期待できる結果が出ています。マウスに対し12カ月間、体重1kgあたり100mgまたは300mgのNMNを投与すると、通常の飼料のみを与えられた対照群と比べて、加齢に伴う体重増加が抑制され、身体活動が活発になり、インスリン感受性が改善しました(※1)

この実験結果だけを見れば、みなさんはNMNを効果のある物質だと思うかもしれません。

もし、私がサプリメントの製造販売業者なら、いい結果が得られたマウスの実験結果を強調して、あなたがマウスではないことにはなるべく触れないようにします。

動物実験では有望でも、ヒトで試してみたらそうでもなかったという事例は数多くあります。

坪野吉孝先生の「健康情報を評価するフローチャート」が参考になるでしょう(※2)。ステップ1の「具体的な研究に基づいているか」はクリアできますが、ステップ2の「研究対象はヒトか」の答えは「いいえ」で、「ヒト試験の報告を待つ」に相当します。

健康情報を評価するフローチャート
出所=「科学的根拠に基づく情報」との向き合い方

「ヒト試験は行われている」という反論が予想できますが、おそらくそれは、NMNの単回投与での安全性評価のことでしょう。10人の健康な成人男性を対象に100mg、250mg、500mgのNMNを1回だけ経口投与し有害な効果を観察できなかったという研究です(※3)

業者のサイトでは「安全に投与できることをヒトで確認」などと書いてありましたが、女性や病気の人に対して安全かどうかはわかりません。

健康成人でも長期間摂取して安全かどうかもわかりません。10人ではわからなかったけれども、100人に1人に副作用が出るかもしれません。

※1 Long-Term Administration of Nicotinamide Mononucleotide Mitigates Age-Associated Physiological Decline in Mice
※2 出所=国立健康・栄養研究所の「科学的根拠に基づく情報」との向き合い方(Ver.191101)
※3 Effect of oral administration of nicotinamide mononucleotide on clinical parameters and nicotinamide metabolite levels in healthy Japanese men

「効果」ではなく「安全性」についての実験しか行われていない

この原稿を執筆していたころ、新型コロナワクチンが海外で承認され使用されはじめたニュースが流れてきました。

新型コロナワクチンの臨床試験では数万人に接種した上で数週間観察し、ワクチンに関連した重篤な有害事象が起きていないことは確認されていますが、それでも実際に使ってみて思わぬ副作用がおきるかもしれないことを念頭において慎重に観察されています。

サプリメントなら10人に対して単回投与しかしていなくても「安全に投与できることをヒトで確認」なんて書けてしまいます。このようなことを前提にすると、この売り文句がいかに頼りないかがお分かりいただけると思います。

なお、NMNについては同じ研究グループで長期投与の健常者に対する安全性確認試験(第Ⅱ相試験)が進行中です(※4)。まだ結果は出ていません。

しかも、あくまで主目的は安全性の確認であって、効果を確認する研究ではありません。私が調べた範囲内では、NMNの効果を検証する臨床試験は発表されていませんし、そもそも予定すらあまりない、という状態です。ヒトにおける長期投与の安全性が確認されていませんので当たり前です。

※4 UMIN000030609、『生体内物質Nicotinamide mononucleotideの長期投与の健常者に対する安全性確認試験(第Ⅱ相試験)(Nicotinamide mononucleotideの機能性表示食品開発を目指したメタボリックシンドローム関連指標改善の臨床試験)