所持金は尽き果て、ガソリンもわずかしか残っていなかった。口にできる物は少しのチョコレートと水だけ。男性は「ここで自分は餓死するんだろうな」と感じていた。寝ているのか意識を失っているのかわからない状態のなか、鈴木さんにメールをしたという。
なぜ支援を求めたのか。その理由を男性は言葉にしてくれなかった。
車上生活は1年半あまりにわたっていた──。
“車を降りる”決意をした胸中とは
インタビューを撮影したあと、彼が最後に車上生活をしていた場所に行きたいと思った。朦朧とした意識のなか、「生きる目的もなく、逃げることしか考えていなかった」という男性が、支援を求めた理由に辿り着きたかったからだ。
長い車上生活の末に男性が行き着いたのは、太平洋に突き出た岬の突端の駐車場だった。冷たい風に煽られた波が、岩に荒々しく打ちつける。風と波の音しかしない場所。
(彼は本当にこの風景を見ていたのだろうか)
冬の残照に浮かぶ殺伐とした情景を前に、思った。
もしかすると、彼がこの駐車場で見つめていたのは、自分自身の過去だったのかもしれない。
父親からの暴力。家族の離散と貧困。周囲からの孤立。自分の力だけでは抗うことのできなかった過去の重さに押し潰されそうになりながら、死を選択する寸前のところで鈴木さんにSOSを送ったのだと思った。車のドアを開け、十数歩も歩けば簡単に死を選ぶことのできる、この最果ての駐車場で彼は一人考え抜き、「苦しいけれど生きる」という決断をしたのだ。
ふと、男性が「安心した」と何度も繰り返し鈴木さんに言っていたことを思い出した。彼が得た安心とは、車を降り、少し胸を張って生きていくことができる“自分の居場所”を見つけられたことなのかもしれないと思った。