他の車上生活者と違った男性の生活
“車を降りた”男性が住むことになったのは、海に近い、古いマンションだった。
鈴木さんによる状況確認が一段落したところで、私たちも部屋に入ることができた。
狭いワンルームマンションの一室で初めて男性と向き合う。広い肩幅の割に、顔やうなじが極端に痩せているため、華奢な感じがした。そのせいか、実際の年齢に比べて「若い」というよりも、「幼い」という印象を持った。
部屋の中には小さなテーブルと物干し程度の家具しかなかった。テーブルの上には紙コップと薬、筆記用具などが整然と並べられている。床には車中泊で使っていたと思われる薄い寝袋と毛布が敷いたままになっていたが、雑然とした感じではなかった。
これまでに出会った車上生活者たちの多くが、たくさんの物を持っていた。収入が少ないなか苦労して手に入れた生活必需品から、手放したくない思い出の品まで──。彼らはさまざまな理由から「自分が生きるために必要な物」を持っていた。
しかしこの男性の暮らしぶりはなんだろう。驚くほど持ち物が少ないのだ。あらゆることに執着がなく、まるで明日生きることを諦めているような佇まいだった。
一家離散し、暴力をふるう父親との2人暮らし
私たちは「あなたがこれまでどういう人生を歩んできたのか、教えてもらえないか」と申し出た。しばらく会話が途切れたあと、男性は「名前や顔を伝えないという条件で、答えられる範囲でよければ」と言い、小さな声で自らの生い立ちについて語り始めた。
男性はかつて家族5人で暮らしていた。しかし次第に父親が暴力を振るうようになり家庭は崩壊。男性が小学生のとき、暴力に耐えかねた母親が突然失踪した。その後、兄や姉も進学を機に家を離れ、一家は離散する。まだ幼かった男性は父親と二人で暮らさざるを得なかった。
家の中では包丁や鉄アレイを投げつけられ、けがをすることもあったが、親戚の多くが地元で働いていたため、「世間体を考えて、虐待のことは隠してくれ」と言われ、我慢するしかなかったという。
父親は仕事をしていると言い張っていたが、収入はほとんどなく、学用品を揃えられないなど、恥ずかしい思いをすることが多くなり、中学生の頃から次第に学校に行くことができなくなった。ただ勉強自体は苦手ではなかったし、同じような不登校の友達もいたことから、男性は高校への進学を目指し勉強を続けていたという。そうしたなか突然、父親が高校の学費を支払わないと言い出したことで、男性は受験を断念せざるを得なくなった。