私は毎朝4時に起き6時には家を出て会社に向かう朝型人間なので、原稿は早朝の会社で書くことが多いのですが、書き出してしまえば時間はあまりかかりません。実際に書くときは、何でもないA4の用紙に、鉛筆と消しゴムです。巻頭文は1200字ほどの文章なのですが、10分もあれば書き終わります。

逆に、書き出す前にはたっぷり時間をかけています。私は机に向かってウンウン唸りながら書くほうではなく、考えを頭の中でまとめてから紙に向かうタイプです。考えるだけなら、通勤途上でもフトンの中で体を横たえながらでもできます。1週間程度考え続け、8割ほど頭が整理できたところではじめて、机に向かうわけです。

文章を書くというのは、単に自分の考えを書きつけるだけではなく、自己を確立することでもあります。私の故郷である大分県中津市は、「独立自尊」を説き、生涯その理念を貫いた福沢諭吉の出身地です。

小学生の頃、私は自宅近くの公園の石碑にその諭吉の言葉が刻まれているのを目にしながら育ちました。これは、とても孤独な言葉でもあります。誰かに寄りかかることなく、最後は自分自身で責任を取るということだからです。

これまでの人生の中で、私は進路を決めるときや経営上の大きな決定を下すなど、決断が必要な場面では、常にこの言葉を思い浮かべ、心に置いてきました。決断をするときというのは、自分の中に軸が必要です。しかも、その軸がしっかりしていなければ、さまざまな複雑な要因を抱えた状況の中で公平かつ合理的な判断を下すことはできません。

文章を書くのもこれと同じことです。考えの軸がしっかりしていなければ、書きながらあちこちに揺れてしまう。その結果、余計な時間がかかってしまいます。あるいは自分の思いと違うことを書こうとすると、自分の中でロジックがぶつかってしまい筆が進まないということが起きる。だからこそ、十分に頭を整理してから書くこと、また本音を飾らない言葉で書くことが大切なのです。

書き始めるのは、考えが8割まとまってからと述べました。では、あとの2割はというと、実際に書きながら、自分は本当はこう考えていたんだということを発見することもありますし、最初に考えていた8割が実は1割でしかなく、別のテーマを立ててはじめから書き直す場合もあります。

頭の中で考え抜いたつもりでも、実際に文字にしてみると、論理的に矛盾していることに気づいたり、情緒的すぎると感じたりすることがあるものです。書きながらそれをチェックし修正することで、考えがより整理され、自分の軸がどんどん確立されていきます。わざわざ文章にして書くことで、曖昧だった考えがはっきりしてくるのです。それは、自分自身と向き合うこと、ひいては自己を確立することにつながります。