ほとんどの教団は「非戦の誓い」を表明していない

このように日本の仏教界は、戦争と無関係ではないどころか、積極的に戦争に加担したのだ。各教団は明治以降、大陸布教を推し進めてきた。つまり、植民地の拡大の証として、布教所や寺院を建立していった。多くの僧侶が大陸に渡った。戦地においては、活動しやすいように袖などを短く改良した法衣が普及した。この軍用法衣を、今でも多くの宗派の僧侶は使用し続けている。それを「従軍衣」「改良服」などと今でも呼んでいる。

和歌山県・道成寺の顕彰碑には砲弾が添えてある(撮影=鵜飼秀徳)

零戦や軍艦を国に献上した教団もあった。誤解を避けるためにいうが、戦争加担した宗教団体は仏教界だけではない。日本におけるキリスト教も新宗教も、みんな同じであった。

一部の僧侶の中には、異を唱える者も少数ではあるがいたのも確かだ。しかし、勇気ある彼らは社会や宗門から差別的扱いを受け、社会や宗教界から抹殺されていった。不殺生をもっとも重要な戒とする仏教界が矛盾に満ちた行為に手を染めていたのである。時世が時世であった、といえばそれまでだが、二度とは許されない過ちである。

だからこそ、戦争責任を認め、反省し、語り継いでいくことは仏教教団に課された責務だ。宗教情報センターの藤山みどり研究員のレポートでは、近年における主な伝統仏教教団では、最初の戦争責任の表明は、1987年のことだという。日中戦争勃発から50年目に当たる節目に、真宗大谷派の宗務総長が全戦没者追弔法会で表白。その後、浄土真宗本願寺派、浄土宗などが続いた。

戦後70年の節目であった2015年では浄土宗、真宗大谷派、臨済宗妙心寺派など5つの宗派が「宗務総長(宗派の行政機能のトップ)談話」などの形式で表明している。

「私たちは過去において、大日本帝国の名の下に、世界の人々、とりわけアジア諸国の人たちに、言語に絶する惨禍をもたらし、佛法の名を借りて、将来ある青年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔するものであります」(真宗大谷派「非戦決議2015」より)

しかし、こうした「反省」を多くの僧侶や国民は知らない。宗派内部の議決や公式ホームページ上での声明など「形式的な反省」に留まっているからだ。それでも、戦争責任を明らかにしている教団はまだ先進的なほうだ。上記宗派以外のほとんどの教団においては、非戦の誓いを表明するに至っていない。

今年は戦後75年目の節目。キリスト教や新宗教を含め包括的に、過去の反省と恒久平和に向けての強いメッセージを発信しなければならない。

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