退職金がない。土地の権利書、登記簿謄本がない

結婚当初から、工藤家の家計は父親が握っていた。

アルツハイマー型認知症の診断を受けた年の12月、父親は1カ月分の生活費を母親に渡しながら、「これでうちの蓄えはないからな」とだけ告げた。

びっくりした母親が問いただそうとするも、父親は怒って取り合わない。母親は工藤さんが仕事から帰ってくるのを待って相談し、今度は工藤さんが家計状況をたずねたが、父親は激怒するだけで話にならない。

後日、父親が管理している銀行の通帳を見せてもらうと、国家公務員時代の退職金がすべてなくなっていた。

一方、父親は内科への通院を続けていたが、次第にトイレにこもる時間が長くなり、つらそうな表情をしていることが増える。

父親は何度聞いても「平気だ!」と言って怒るが、体重は減り続け、日に日に痩せこけていくため、見かねた工藤さんが主治医に検査を依頼した。

すると、「腸閉塞」寸前になるほど大きなガンが見つかる。ステージ4だった。医師からは年内の入院を勧められるが、本人はかたくなに拒否。最終的には医師の判断で強制入院となった。

2017年1月。直腸がんの手術を実施し、1月末に退院。

退職金の件以降、父親に代わって工藤さんが家計を管理することになったが、ほどなくして実印を紛失していることが判明。さらに、自宅の土地の権利書と家の登記簿謄本が行方不明になっていた。

父親の怒りっぽさは日に日にひどくなり、母親の負担は大きくなるばかり。

工藤さんは包括支援センターへ行き、介護手続きを行う。4月に介護認定調査を実施し、父親は「要介護2」と認定された。

写真=iStock.com/Gabrijelagal
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父の部屋の「ゴミの山」から見つかったもの

同年7月。工藤さんは、父親が借りていたトランクルームを解約するために片付けに行くと、書類のコピーや未使用の文房具、大工道具などが大量に詰め込まれており愕然とする。しかもトランクルームは、知らないうちに2つに増えていた。

「書類のコピーは個人情報に関わるものが多く、もしかしたら行方不明の土地の権利書と登記簿謄本もここにあるのかもしれないと思うと業者に依頼するわけにもいかず、すべて私が手作業でチェックしながら片付けました」

結果、解約するまでに3年を要した。

8月になると、連日熱帯夜なのに父親が勝手にエアコンを消すため、同じ部屋で寝ていた母親が熱中症で入院。

本来の父親の部屋は物であふれ、トランクルーム同様、書類のコピーや未開封の郵送物が山積みのゴミ屋敷状態。母親を父親と別の部屋で寝かせるには、片付けなければならない。

しぶしぶ工藤さんが片付け始めると、驚くことに、ゴミの山の中からずっと行方不明だった実印や通帳、カード類が発掘される。中には母も知らない通帳があり、かなりの額が振り込まれている。

工藤さんが父親に通帳について尋ねると、「知らへんわぁ。認知症だから忘れた!」ととぼける。

「普段なら『ワシは物忘れはしとらん! そんなんした覚えも言うた覚えもない!』と激昂して認知症を否定するくせに、都合のいいときだけ認知症を利用するのであきれます。後で分かったのですが、父は母に内緒で投資信託をしていたようで、振り込まれていた金額と投資信託で稼いだ金額とが一致しました」

部屋の床が見え始めた頃には、すでに冬になっていた。

「父の部屋は認知症になる前から異常でした。所狭しと積み上げられたガラクタやゴミの山の中に、部屋の奥のパソコンデスクまで人一人通れる細い道がありました。約20年前に定年退職してからは、家族を避けるように野良猫を世話するボランティアに打ち込み、帰宅すれば深夜までパソコンに向かい、何やら書き物をしていました。父が最後にパソコンを触ったのは2015年の5月頃です。『電源を入れても動かない』と言うので私が見たところ、問題なく動きました。何がしたいのかを聞いて手伝おうとましたが『もういい!』と怒ってしまい、それっきりです」