そうしたなかで活性化したB細胞の一部は、抗原を記憶して「メモリーB細胞」に転化する。通常のB細胞の寿命は数日から数カ月だが、メモリーB細胞は数十年と長い。そして、次に同じ病原体が侵入すると、素早く抗体を産生する。その結果、2度目は罹りにくくなり、たとえ罹ったとしても軽い症状で済むようになる。新型コロナウイルス対策で「集団免疫」が話題になるが、多くの人が新型コロナウイルスに対抗できるメモリーB細胞を持てるようにしようとする考えに基づいたものなのだ。
ここで新型コロナウイルスとの関連で気になることに触れておきたい。重要なメッセンジャーの役割を果たしているサイトカインだが、鈴木室長は「免疫系のバランスが乱れて、サイトカインが過剰に産生されると『サイトカインストーム』を引き起こし、正常な細胞まで攻撃されて致死的な状態を招くことがあります。新型コロナウイルス感染症の患者さんで急激に重症化するケースは、サイトカインストームが関係している可能性があります」と指摘する。
腸のなかの高度な免疫システム
そして鈴木室長によると、近年、免疫学で特に注目されているのが腸のなかの「腸管免疫」なのだという。口から肛門までつながっている消化管は、皮膚と同じように外界と接しているわけで、常に数多くの病原体にさらされている。また、腸には1000種類、100兆個もの腸内細菌が棲みついているといわれる。こうした厳しい環境だからこそ、高度な免疫システムが発達し、腸内環境のバランスが保たれているのだ。
具体的にいうと、腸の上皮の一部である「パイエル板」と呼ばれるリンパ組織には、病原体を取り込む「M細胞」が存在しており、病原体を直接粘膜のなかに取り込む。それをマクロファージが受け取って、ヘルパーT細胞に抗原提示する。するとヘルパーT細胞はサイトカインを産生してB細胞を活性化させ、形質細胞に転化し抗体産生を促す。抗体は腸腺から粘液と一緒に腸管腔(腸のなかの空間)に分泌され、腸管腔にいる病原体と結合して無力化し、体外に排出される。
翻って考えてみると、食物は本来人にとって「異物」なはず。しかし、いま見たような腸管免疫の反応は起きない。なぜか?
「いちいち免疫応答していると、必要な栄養が吸収されません。そのため、食物タンパク質に対しては抗体産生が抑制されるなど、免疫が反応しないようにする『経口免疫寛容』という仕組みが備わっています」と鈴木室長が教えてくれた。
このように人間の免疫システムを見てくると、実によくできた仕組みであることが改めてわかる。だからといって、安心して頼り切っていいわけではない。適切な食事や運動などを通して心身の健康を保ち、イザというときのために免疫力の維持・向上に努めておくことが大切なのだ。
相模原病院 臨床研究センター室長
1979年、日本大学農獣医学部卒業。86年東北大学医学博士取得。塩野義製薬中央研究所研究員、神戸大学大学院自然科学研究科客員教授などを経て、2003年より現職。レパトア解析ソフトを完成させて、15年4月にRepertoireGenesisを創業。