中国に絵本が広めた「蒲蒲蘭絵本館」の効果

ポプラ社が「開拓者」になれたのは理由がある。1995年に当時の社長が北京のブックフェアに初めて参加したことを皮切りに、ポプラ社は2000年から北京に事務所を置き、版権ビジネスを行いながら事業拡大の可能性を探ってきたからだ。

外資への規制緩和を好機と捉え、絵本専門店「蒲蒲蘭絵本館」を開いた。その際、「今までにない新しい文化を提示していきたい」という想いから「絵本」という呼称を用いることに決めた。従来中国にあった図画書、連環画との差別化を図りつつ、絵本という新しいジャンルを築き上げる試みだった。

「蒲蒲蘭絵本館」自身も、絵本の普及に大きな役割を果たした。100平米の小さな店舗である北京の蒲蒲蘭絵本館のコンセプトは「虹と絨毯じゅうたん」。親子で店に入った瞬間、楽しく夢のような世界が広がり、「これが『絵本』か」と感じてもらえる空間デザインにした。

写真提供=北京蒲蒲蘭文化発展有限公司
蒲蒲蘭絵本館
写真提供=北京蒲蒲蘭文化発展有限公司
蒲蒲蘭絵本館

その空間デザインは高く評価され、2013年にはアメリカのメディアflavorwire.comで「世界で一番美しい書店20」に取り上げられたほどだ。

オープン当初から中国の国内メディアでも頻繁に紹介され、その影響力によって「絵本」という呼称が一気に普及した。蒲蒲蘭絵本館を模倣した絵本館が中国全土に数千店は生まれたといわれているほどだった。

他社に先駆けた出版事業参入、熱心なPR活動を展開が奏功

ポプラ社は書店経営と並行して、絵本の出版にも乗り出した。

中国は政策上、現在でも外資企業や民間企業に「出版」を開放していない。「出版社」を名乗れるのは国営出版社だけだ。外資や民間企業に許可されているのは、出版物の卸・小売(流通業)、版権ビジネス、編集委託などに限られている。ただし、これは建前である。実際には2000年ごろから民営や外資が国営出版社との「提携」や「共同出版」というかたちで、実質的に出版事業に携わることが進んできた。

ポプラ社は2000年ごろ(正式には蒲蒲蘭を設立した2004年)から、国営出版社と「提携」「共同出版」を進め、出版事業に参入。日本や台湾、中国の国産絵本の出版をするようになった。ちなみに、ポプラ社は2004年に版権売買資格、2008年には世界の出版社で唯一、出版物の卸と小売資格をも取得した。

PR活動も怠らなかった。蒲蒲蘭絵本館や幼稚園、図書館などでは絵本の読み聞かせイベントを無料で開催。日本や台湾などから絵本作家を招き、講演会やサイン会も繰り返し開いた。地道ではあるものの、絵本になじみがなかった中国人に絵本の良さを伝えるには最善の取り組みだったと言える。