説得に時間をかけずに不必要な処方をしてしまう医師

実は、現在もルーチンワークのようにカゼに抗菌薬の処方をする医師はいる。抗菌薬信仰ともいえるような科学的根拠に乏しい慣習が代々引き継がれてきているのだ。加えて、「せっかく医療機関に来たのだから、市販では買えない成分である抗菌薬を処方してあげないと、患者さんは満足して帰ってくれないだろう」という、極めて非科学的なサービス精神によるものである可能性もある。

診察所見からはまったく抗菌薬を必要としない患者さんから、抗菌薬の処方を強く要求されることも少なくない。抗菌薬が不要であることを説明しても納得してもらえないときに、さらに時間をかけて理由を説明するよりも、要求のままに処方してしまったほうが時間的ロスも精神的ストレスもない、という医師の声も聞く。

実際の現場を知っている私自身、そのような処方を頭ごなしに非難できない。特に、冬場などインフルエンザやカゼといった発熱を伴う急性疾患が急増する時期には、一人ひとりに十分な時間をかけていられないため、押し問答になるくらいなら、要求のままに処方してしまうという致し方ない状況もあるだろう。しかし、そのような悪循環をどこかで断ち切らないと、不要な抗菌薬の使用が今後も続けられてしまうことになる。

医療機関はカゼを治すための場所ではない

行政は薬剤耐性菌対策として、2018年の診療報酬改定で「小児抗菌薬適正使用支援加算」を導入した。具体的には、一定の施設基準を満たした小児医療機関に、カゼ症状または下痢で受診した子どもについて、診察の結果、抗菌薬の使用が必要でないという説明や療養上必要な指導を保護者などに対して行った上で、抗菌薬の処方を行わなかった場合に、初診時に限って医療機関側に診療報酬として80点(800円)を加算するというシステムだ。

小児科専門医による時間をかけた丁寧な説明を評価する加算ともいえるが、抗菌薬の適正投与は、これら小児医療に精通した専門医においてはすでに実施されているはずである。むしろ非専門医に適正投与を促す施策を講じなければならないだろう。

私たち医師はカゼを治すことはできない。あくまで医療機関は、カゼかカゼでない疾患であるかを鑑別するための機関であって、カゼを早く治すためにある機関ではない。そのことをまずは知ってもらいたい。

しかし一部には、カゼを力尽くの処方で治せると考えている医師もいるようだ。

いわゆるカゼ症状でほかの医師に薬を処方されたにもかかわらず、「薬を数日飲んだが、鼻汁や咳の症状が全然よくならない」と来院する患者さんがときどきいる。お薬手帳を見てみると、重症感染症に使ってもおかしくないような抗菌薬と、強力な鎮咳薬、去痰剤2種類、抗ヒスタミン剤、気管支拡張剤、そして解熱鎮痛剤など、フルコースの処方をされていることがあるのだ。繰り返すが、これらを服用してもカゼを治すことはできない。