「市販薬は弱いから効かない」は誤解
患者さんの中には、市販薬は「弱い薬」だから効かない、医療機関で処方される薬は「強い薬」だから効くと思っている人も少なくないのだが、市販の総合感冒薬に入っている個々の成分と、医師がカゼの患者さんに出す処方薬の成分とに大きな違いはない。むしろ私はカゼの患者さんに、ここまで多くの薬を組み合わせた最強の処方をしたことはかつてない。
いくらこれらの薬を組み合わせたところで、カゼの症状を早期に改善させることが不可能であると知っているからだ。そもそも自己防衛反応ともいえる発熱や咳を、解熱剤や鎮咳薬で無理やり抑え込もうとしてはならないのだ。
効かないばかりか、各々の成分による副作用の方が懸念される。特に乳幼児には市販の総合感冒薬シロップは飲ませてはならない。これらの多くの製品には、解熱剤がすでに混入されているからだ。解熱剤はできるだけ使用しないか、仕方なく使用する場合でも、頓服とすべきである。朝、昼、晩など定時で飲ませるべき薬ではない。
どうしても何か処方するならば、市販薬のミックスされた成分のうち、症状から見て不要な成分を抜いて処方するということになるだろう。乳幼児をカゼと診断した場合には、私は薬を出さないか、出しても去痰剤の一剤くらいとしている。
いずれにせよ、市販薬にも医療機関で処方される薬にも、カゼを早く治す効果は一切期待できないのである。
ウイルス感染症であるカゼに抗菌薬は効かない
なぜカゼを治せる薬はないのだろうか。いわゆるカゼというのは、ウイルスによる感染症だ。原因となるウイルスは、少なくとも200種類は存在するといわれており、しかも、カゼの半数以上の原因ウイルスであるといわれるライノウイルスには、それだけでも、少なくとも100種類の遺伝学的に異なるウイルス株があるとされる。
この数百というウイルスをすべて個別に識別して駆逐してくれる薬剤を作ることは事実上、不可能であるし、そもそもカゼという自然治癒する病気を根絶するために、多額の研究開発費を投じて薬を開発しようと考える製薬会社が現れることもないだろう。ウイルスゆえに抗菌薬(抗生物質)も効かない。抗菌薬が効くのは、ウイルスとはまったく異なる構造を持った病原体である「細菌」に対してだ。
昔はカゼの場合でも、医師から抗菌薬が処方されるケースが多かった。私の祖父は父方・母方の2人とも医師(内科・小児科と耳鼻科)だったが、幼いころ頻繁にカゼを引いていた私も、そのたびに抗菌薬を飲まされていた。明治時代生まれの医師たちには、抗菌薬濫用による薬剤耐性菌発生リスクという認識がなく、むしろ抗菌薬に対する期待の方が強かったのかもしれない。